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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

あれ、17日って台風直撃しているのでは...?

勉強量は増えたけど、物忘れがだいぶ酷くなっており、入ってきたぶん出ていっている

めちゃデカ荷物になるものを買ってしまったな。どこ置こう。

読了。名著だったわ。

林道郎がアジアのキュビズムについて語るのが、「ヘンなキュビズム」というようなオリエンタリズムを内に孕んだ視線で語っているようでイヤだったなとおもいだしている

このへんの世代、左右無関係に新しい歴史教科書的な史観がイヤというほど染み込んでいる気がする。自分が安倍談話的歴史観を素朴受容したのは間違いなく司馬遼太郎を経由している。

(だいぶ昔の記事)古田大輔とかしょうもないなとおもうけど、安倍談話的な語りというか歴史観、つまり太平洋戦争の時期に軍事国家になった(それも欧米によるブロック経済が原因とする)というものを、素朴に受け入れてしまっているのって世代的なものなのかな。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/695abad1dee0ed9c9ba0f64f27f4e69f8a810759

日清日露戦争こそ植民地獲得戦争なんだけど、安倍談話はその日露戦争について「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」とかギョッとすること言っていることにはノーコメントで「村山談話より踏み込んでいる」って言えてしまうのは、バカにしていればいい問題のようにはあまりおもえない。というか自分もこういう歴史観が間違っているとはっきり理解できるようになったのは恥ずかしながら最近だし...。

これは読んでみたいが...

植民地朝鮮と〈近代の超克〉
戦時期帝国日本の思想史的一断面(仮)
閔東曄:著
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-15139-2.html

申し訳ないけど、こういうの見ると、「分からないワケではないし全否定するつもりもないが、この前の戦争で『市民が戦争に巻き込まれるとは、どういうことなのか―。』とするのであれば、1944年ではなく、朝鮮半島でも良いし、中国でも良いし、フィリピンでも良いし、インドネシアでも良いし、まあどこでも良いが、日本本土以外が重要なんじゃないのか。そういうとこの声を紹介するべきでは?」という思いは非常に強い。

https://x.com/nhk_n_sp/status/1821381771902300507

#あとでよむ
神本秀爾『History Hunters ラスタファーライの実践』#03「僕はラスタにはならない」 https://hagamag.com/series/s0053/3944

第7章、アート関係者みんな読めっていいたくなるくらい優れた論考だ

日本国内で、浮世絵コンプレックスとでも呼べるものがあらわれるのはたぶん明治30年代をつうじてで、それは洋画や日本画が台頭し浮世絵が没落した時期であった。明治20年代まではおおむね棲み分けがあった。それで、明治40年頃になると創作版画の観念があらわれ、版画の美術的性格が受け入れられるようになる。ただこれはもう新しい美術観念のなかで再編成されたものだ。

日本画・洋画・浮世絵の関係まじでめんどくさいな。日本画も洋画も、初期の主導者たち(横山大観、菱田春草、黒田清輝とか)が浮世絵が海外で評価されていることを知っていても受容しなかったのは、人類学的な眼差しにおいて「日本」と見做されることを拒否するためであったはずで、つまり「土産物ではない」ことを主張しなければならなかった。黒田清輝とかはラファエル・コランのもとで浮世絵の整理とかやらされていたのに、たぶんマジで価値があると思っていなかった。黒田が印象派を受容しそこねたのもそれが原因。

ゴーギャンとマティスにおけるタヒチとかは一度調べたほうがよさそうな気がしてきた

本章で言う「交渉(negotiation)」という概念は、二重の意味を負わされている。まず第一に、交渉とは、文字通り、商品としてのモノの生産・流通・消費のそれぞれの場面での、売買における(価格によって表される)価値評価をめぐる交渉であり、それは需要と供給という市場メカニズムによって支配される。もし価値評価について合意に達しなければ、その交渉は決裂し、売買は成立しない。第二に、(略)交渉とは、あるもの(モノ、概念、イメージ、表象、ポジションなど)をどのように意味づけ、それを他とどのように節合するのかをめぐっての、複数の意味生産の実践のあいだのせめぎあいのプロセスを意味する。後者の場合、それは閉じた市場の需給バランスに従って展開するわけではなく、しかも交渉は終結することがない。

それと、モノと非=モノとしての芸術の差は何かと問うたフリードの問いも、裏側から考えることができそうにおもう

これやっぱり浮世絵の問題、とくに明治浮世絵が(美術史上で)なぜ打ち捨てられているのかという問題だな〜

著者の古谷氏は、この芸術/文化の分業システムにおけるアプロプリエーション(文化→芸術への流用=格上げ)の問題は、それが一方向的であることだとしている。ある器物を文化と呼ぼうと芸術と呼ぼうと、交渉の余地がない。この章の題が「芸術/文化をめぐる交渉」となっているのが、たぶん回答なんだろうとおもって読む。

仮に非西洋の器物が西洋によって芸術品の地位に格上げされたとしても、それは、その器物を生産した人物を芸術家として認知し、その制作プロセスを芸術作品の制作として認知することを必ずしも意味しなかったのである。プライス(Price 1989)によれば、「未開芸術」の収集家にとっては、作者が匿名であること、つまり、作者が芸術家と自認(自任)していないことが、その作品の価値を増す。また彼女は、収集家が自らの作業を「便器に対するデュシャンの作業」に類したものとみなしているとも指摘する。要するに、非西洋の制作者の意図などどうでもよく、芸術として発見する西洋の創造的な眼だけが重要だとされてきたのである。

まるっきり柳宗悦だった。

モダニズム芸術が、都合のよいアカデミズム批判をするために「非西洋」を流用したのとまったく同じスタイルで、ポストモダニズムも、「非西洋芸術」を都合のよい近代批判のために流用する。つまり、近代芸術が自明視する前提そのものに対するラディカルな挑戦となりうる差異を毒抜きして、自分に都合よく消化=理解できる差異に加工してつまみ食いしているのである。そもそも一九八四年にモダニスト芸術家による流用を正当化する展覧会が開催されるということ自体が、たとえポストモダニスト的批判を呼び起こしたとしても、二十世紀初頭と世紀末とのあいだに断絶よりは連続性のほうが多いことを窺わせるに充分である。

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