やっぱり要素技術に還元されないアーキテクチャーというものがあるよな。
最近は版画史調べているけど、石版とか銅版とか木版とか、あるいは写真とかもこの歴史に含めていいけど、それらは要素的な技術に与えられた名であって、全体がどのように構造化・組織化されているかを何も語らない。
最近は版画史調べているけど、石版とか銅版とか木版とか、あるいは写真とかもこの歴史に含めていいけど、それらは要素的な技術に与えられた名であって、全体がどのように構造化・組織化されているかを何も語らない。
さんざんバカにしてきてしまったけど、コミュニティノートはまだマシな仕組みかもしれない。なにかある問題の検証をどうするかというときに、そのコストを持つ動機が報復にあるかどうかは重要な話だとおもう。とはいえコミュニティノートが付こうがなんだろうが利用者は報復的にしか使っていないけど...。
そういやここオーディオファイル直置きできるんだった。新曲です(といいつつめっちゃ前にできてたの放置してた)。ジャンルはHIP HOP。プロデュースはIchiro Fujimoto
温泉マーク - スーパー、愛、野菜
トラブルなんて、ふつうはなにかあってもトランザクションをクローズしたらはい終わりなんだけど、ヤフオクはその後に「悪い評価」みたいなものを付けさせてそこにスレッド状にコメントの応酬ができるようにしている。これは、その閉じたトランザクションを蒸し返させる。なにかムカつくことがあっても、ふつうは水に流しておわりなのに、敢えてそうさせない。「店員が嫌だからあの店いかない」で済むことを、そうさせない。「あの店行かない」はただの好悪の問題だけど、「あの店は行ってはいけない」と言い触らすことは既に報復だし悪質な宣伝を含む(もちろん実際に行くべきでない店もあるだろうけど)。ヤフオクの「悪い」という評価がやらせようとしているのはこういうことである。
ヤフオクでちょっとトラブって思ったけど、あれは報復的行動が取れるようになっている。そしてその報復的行動が妥当かどうかについて、やり取りのコメント欄が見えるようになっていて、あとから出品者なり買い手なりを評価できるようになっている。
これは、たぶん「言論のアリーナ」みたいな発想でできているんだけど、そもそも「報復的行動を取れる」という設計上の選択がある。
思うに、ツイッターもこうなのだ。ツイッターが可能にしたのは、報復的行動としての言論のアリーナなのだ。議論を開示せよ、判定は世間が行う。しかし、これは実際には報復的応酬そのものがアーキテクチャに組み込まれているから発生する現象でしかない。
これは、たぶん「言論のアリーナ」みたいな発想でできているんだけど、そもそも「報復的行動を取れる」という設計上の選択がある。
思うに、ツイッターもこうなのだ。ツイッターが可能にしたのは、報復的行動としての言論のアリーナなのだ。議論を開示せよ、判定は世間が行う。しかし、これは実際には報復的応酬そのものがアーキテクチャに組み込まれているから発生する現象でしかない。
倫理を振りかざすライセンスが好ましくないのは何故か? https://shujisado.com/2024/01/19/ethical-licensing/
みずほのシステム障害の展示室、普通に行きたいな…。
https://x.com/paddy_joy/status/1749403374326546550?s=46&t=6VYiyYj3mpWqVIfpiH7X2g
すみませんちょっと違ってた。「ゼロポイントフィールド仮説」ですね(別にどうでもいいが)。この本、途中までは普通にビジネスで使えそうな思考の整理法が書いてあるだけに、途中からその世界の欠落を埋めるように科学妄想に筆が乗りだす様子が異様で、あるタイプの精神のリアルを見た気がしたのだった。オウムに理系エリートがいっぱい引っかかった理由がここにあるよ。未だその心理はありふれてる