ハラウェイが書いているのは、類人猿研究の領域でそういう理論が形成されたという話だけど、そういえば先日、狩猟採集分業説は間違っていたぞというのが記事になってたのを思いだした。これ民族学と書いてあるけど、人類学と類人猿研究が地続きで、完全におなじパラダイムにのっているんだな。日本だと今西錦司方面がまさにそういうことをやってきたけど。
https://karapaia.com/archives/52323768.html
かなり読ませる内容だった。
“本来ナショナリズムは、諸外国に対しては日本の固有性(文化と伝統)を誇示しつつ、地域と階層を越えて国民国家形成を進め、内なる平等を目指すはずのものでした。しかし、新しいナショナリズムは、本来日本の一部であるはずの沖縄やアイヌ、あるいは性的マイノリティなどを「敵」と名指し、「普通の日本人」との間に境界線を引こうとします。そのナショナリズムは現状の国民統合や歴史認識を受け入れるのではなく、異議を唱えます。”
“新しい愛国者たちは空虚な主体です。特定の主張(愛国主義や天皇への忠誠)があって敵を批判するのではなく、敵を名指すことによって初めて「我々」が生まれるからです”
なるほど、これいろんなところにありそう。
4年生になると現場と結びついた実践的なことを学んでいる学生の率が高まる一方で,社会問題や政治・選挙への関心は薄まるとのこと。
最近の教職課程では,授業の技術に加え,トラブルへの対処や保護者との付き合い方など,いわゆる「ハウツー」に重きが置かれると聞きます。早い段階から実習の機会も用意されるのですが,紅林教授によると,そのことが「未熟な自分と経験豊かな優れた教師」というフレームを形成し,学生は物言わぬ従順な教師へと仕向けられるのだそうです。
あと、多くの日本人が批判する/批判を受けることに耐えられないのは教育のせいではないですかね。結局、構造的な問題で、やっぱり政治的な問題です……。
データえっせい: 批判的思考を育む授業 https://tmaita77.blogspot.com/2020/08/blog-post.html?spref=tw
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