換喩的操作って「代表する」ことの危うさが端的にあり、それは部分によって表された「全体」のほうから多様性を排除することでもあるし、代表をたてることによって「代弁する」というような危うさもあるかなぁとかふんわりしたことを考えた。
善の研究読んでいないけど。
ブラジルの人類学者ラモス(Ramos 1990)は、欧米では人類学が帝国建設(Empire-building)に貢献してきたのに対して、ブラジルの人類学は国民建設(nation-building)をめざしてきたという、同僚の人類学者の言葉を紹介している。この違いは、前者が、自己と他者の隔絶した文化的異質性を前提として、その間に架橋する(支配であれ指導であれ)社会関係を樹立しようとする企てであるのに対して、後者は、すでに社会関係が存在してしまっている他者をも包含する「われわれ」という文化的な同質性を構築しようとする企てだと言い換えることもできるだろう。
これ日本の場合は両方あるな
ラテンアメリカ諸国の独立の担い手は、植民地宗主国の文化的継承者を自認する植民地人たちである。それゆえに、例えば20世紀中庸のアフリカ諸国の独立の場合のように、独立後のナショナリズムの言説のなかで「植民地化以前の文化伝統の回復」というレトリックを用いることが原理的に不可能であった。それにもかかわらず、「インディオ性(Indianness)」を流用し、土着の先住民の正当な後継者として自らを規定する例は枚挙にいとまがない(Urban and Sherzer, eds. 1991)。ブラジルもその例にもれない。そのナショナリズムの言説は、ヨーロッパの植民地主義から独立を達成した主体としてのブラジル民族=国民という「われわれ」を事後的に構築し、その「われわれ」に土着の正当性を付与するために、先住民インディオという表象を流用し、同時にインディオが自らを表象する道を封じる。(略)インディオとは、他の民族と区別して「われわれブラジル人が何であるか」を定義するために、「われわれ」が利用できる専用の資源であり、「われわれ」が都合よいしかたで自由に定義する特権をもつ他者なのである。
しばしば指摘されているように、解放のイデオロギーとしてのナショナリズムと抑圧のイデオロギーとしてのナショナリズムは表裏一体のものである。ナショナリズムが「植民地支配に対する抵抗のもっとも重要な場」であることに疑問の余地はなく、それは植民地解放闘争を支える代表的イデオロギーであるが、他方それは「植民地主義が自らを再生産する力のもっとも顕著な証明」ともなり、植民地から独立した国家というかたちをとって「しばしば最悪の植民地体制にひけをとらないほど抑圧的な植民地主義のクローンが数多く生み出されてきたのである」(Dirks, ed. 1992: 15)。
めっちゃいいインタビュー
https://level7online.jp/?p=3264
異種混淆の近代と人類学: ラテンアメリカのコンタクト・ゾ-ンから (叢書文化研究 2) https://amzn.asia/d/bCbboJl
https://en.wikipedia.org/wiki/Shin-hanga
失われゆく「真正の文化」を保護し救出しなければならないと主張する人々も同様に、自律的であった伝統的分化を近代化が破壊しつつあるというかたちで現状を認識する。そこでは「伝統的なるもの(the traditional)」についての言説が、「近代的なるもの(the modern)」についての言説と相互に構成的な関係にあるということが否定されるのである。しかし、「伝統的」とは、本質によって定義されるものではなく、「近代的」と自己定義する中心との、(排除を含む)関係のしかたである。つまり、「伝統的」とは、近代の内部において近代に対する一定の位置であり、それに対する関係のあり方である。
『異種混交の近代と人類学』古谷嘉章
1924年当時に柳らが景福宮内に朝鮮民族美術館をつくったのはそれなりにまじめなつもりだっただろうけど、いまの地点から振り返ってみて、日本人の固有名だけで埋める歴史を書いてしまうのが、当時まじで日本人しかかかわっていなかったからなのか、それとも現在の日本民藝館の人が朝鮮(韓国)にまったく関心がないからなのか。前者は考えづらいとおもうので後者だろうとおもうけど。