https://www.hakusuisha.co.jp/book/b631664.html
今日はドゥブラヴカ・ウグレシッチ『きつね』)奥彩子訳、白水社)を買いました。9月末に出たばかり。以下、内容紹介より引用。
“実在する文学作品や作家のみならず、存在しない文学作品や作家をめぐって縦横に展開するその語りのなかで、さまざまな周縁的存在の声が回復されていく。文学が物語を伝播する媒体なのだしたら、人間の生もまた「物語」というウィルスに冒されたテクストなのかもしれない。”
https://www.hakusuisha.co.jp/smp/book/b631664.html
このまえ、ふと、風船が飛んだのはこの #macOS の機能だったのか
生成AIは本の文化をディスラプトしない | WIRED.jp
https://wired.jp/membership/2023/10/11/why-generative-ai-wont-disrupt-books/
これが「われわれは二度生まれる、一度は存在するために、二度目は生きるために。一度目は人間として、二度目は男として」というやつか。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390290699788285312
「労働に対して適切な対価を払う、搾取はしない」ももちろん踏まえつつ、でもそれだけに還元されないコミュニケーションというのを、真剣に考える機会が(もっぱら社会の困窮によって)奪われているような、もやもやはよく感じるにゃんね…
たとえばイギリスの若い音楽シーンを支える教育システムは、ミュージシャンたちが先導してほんとに贈与的に動いてできてるものだったりして、もちろんそれをサステナブルにするにはものすごい努力(助成金もらうとか、マネタイズするとか)がいるわけだけども、同じことを日本でやると、「クリエイターの労働を軽視している」みたいな話に還元されかねないんじゃなかろうか
たとえばまがりなりにも本を出して文章書いてお金もらっている自分が、(自主的な活動としてでなく)他人に無償でなんか書きますよみたいなことを言うのは、下手したらダンピング呼ばわりされる可能性が結構(SNSでは)容易に想像がつくのだけど、でも正直、社会全体やコミュニティへの還元、ある文化の振興みたいなことを考えると、そういう話に終始するものじゃなくないか、文化って、と思ってしまうのであった。
https://twitter.com/imdkmdotcom/status/1711605382462808508