http://ga.geidai.ac.jp/2023/10/05/12435/
実は、その状況は、現在もまだ変わっていないのかもしれない。渋沢らが集めた民具コレクションを受け継いだ国立民族学博物館でも、また、渋沢や今がその一翼を担った民俗学の成果を取り込んだ国立歴史民俗博物館でも、建築を移設して、そこでの生活を再現する、北欧型の野外展示は実現していない。
各地の民家展示も、特に今が理想としたような、その土地の風土や産物を背景にした民家の素材や構造の違いや、使われる民具の違いを理解できるような展示が展開されているかというと、なかなかそこまでできている博物館は少ないだろう。
戦前・戦中の複雑で困難な状況の中で、国策への便乗もありつつも、自らの理想を何とか保ちつつ知的・文化的活動を継続し、しかし、最終的には戦後も自らの手で理想を実現することはできなかった、という努力と挫折の話でもあり、一方で、彼らが残したコレクションや試行錯誤の成果が、様々な形で現在に影響を与えている、という希望の話でもある。そういう意味でも、今読んで良かった。
(※誤字があったので、ちょっと修正しました)
それにしても、渋沢ほどの財力と影響力をもってしても、小規模な展示を一時的に実現するに留まり、恒久的な野外展示博物館を作ることはできなかった、というのは象徴的かもしれない。渋沢が名付けた「常民」、つまり社会の多数を構成する人々の暮らしがどのようなものだったのかを、そこで日常的に使われているモノを通じて記録し、分析し、そして、新しい時代に適応した形を見いだす手掛かりとする、という取組みが、いかに日本の社会において受入れられにくいものだったのか、ということでもある(残すのは「貴重なもの」だけでよい、という発想が強い)。
一応、渋沢敬三が、アチック・ミュージアムの活動として、民具の収集と研究に、仲間の研究者たちと取り組んでいたのは知っていたけれど、今和次郎が考現学に取り組んだのはほんの一時期だけで、実は民家研究の方がライフワークだったとは露知らず。
なお、二人がモデルにしたのが、北欧の野外博物館で、それらは19世紀末から20世紀初頭の、万国博覧会における各国文化の建築をセットにした展示に影響を受け、北欧各国のナショナリズムの高揚と独立を背景に成立したもので、それぞれの国の民族的特性を表現し、共有するものとして設立されていった、というのも興味深い。
一方で、渋沢と今が実現しようとした野外博物館は、多民族国家としての大日本帝国の各地の暮らしを、並列的にフラットに表現しようとしていた、という点が本書では強調されている。
丸山泰明『渋沢敬三と今和次郎:博物館的想像力の近代』青弓社, 2013. https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787220530/ を読了。
紙は新刊では入手困難みたいだけど、電子版が出たので入手。固定版面だったけど、まあしょうがない。
野外に民家を復元してその中で使用されていた民具なども展示する、という、現在歴史・民俗系の展示に取り組んでいる各自治体立の博物館では割とよく見かける手法を、日本国内で何とか実現しようと取り組んだのが、渋沢栄一の孫で後継者でもあった渋沢敬三と、考現学で知られる今和次郎だった、という話が軸。実は二人が民家研究の同士であったとはこの本を読むまで知らなかった。
この前あげたかけ算のブログ記事、多数のツッコミもらったのでいくつか引用させてもらって追記しました!!みなさんその節はありがとうございました!!!
かけ算がピンとこない話(追記あり2023/10/07) – 【公式サイト】温泉マーク-Auto-Tune VTuber-
https://on1000mark.club/2023/10/02/411/ [参照]
ハラウェイを読んでいて、レトリックとして Max Headroom という名詞がでてきたので調べてみるという流れで見つけたんですが、ハラウェイも80年代に言説を科学史から大きく飛躍させるわけで、それもメディアの変容やそれに関するアートと並べて見るのもおもしろそうだなとおもいました。
https://peraichi.com/landing_pages/view/yamaguchi21gorin/
パラリンピックのポスターを受けるまで。