他でも書いたことなんですが、アニメ「水星の魔女」について。楽しくみてはいたが途中から男性キャラの心理描写が丁寧になり、「女性二人の愛と冒険の物語」というよりは「僕ら男子が彼女たちを応援する物語」になったと感じた。
また、女性二人のカップルはモブ含め幾度か見たが、男性二人カップルの描写は「兄弟愛」以外にあまり目立たないことも気になっていた。
その分、ヒロインと男子キャラを戦わせてBLっぽい関係性を演出するなどしてBL好きなファン層を惹きつけてはいたが、常に保守系男性ファンの目線を意識してる印象は消えなかった。
なので公式がヒロイン二人の「結婚」を明言しようとせず、一度世に出た文言を消すまでしたことと自分の印象とは残念ながら矛盾していない。
クィアベイティング、つまり商業目的のためにLGBTQの権利に関心を寄せているアニメという批判があるが、より正確に言えば、同性愛嫌悪感情に配慮した作品なのだと思う。権利に関心を寄せるふりすらしてないのだから。
そして製作陣のトップも一部のファンも方はその罪深さをまだ自覚してない。この件で「みんなに配慮」できると勘違いしているのだ。
"現代社会では、親密な個人的接触を全然または極めてわずかしかもたず、名もなく孤独に、その結果として不幸に暮らしている人々が多数いる。というのも社会は抽象的なものになったが、人間の生物学的仕組みはあまり変わらなかったからである。人間は開かれた社会では満たすことのできない社会的欲求をもっているのである。"
"開かれた社会はその有機体的性格の喪失の結果として、次第に私が「抽象社会」と呼びたいものになるであろう。それはかなりの程度まで、人間の具体的集団という性格、またこのような具体的諸集団から成る組織という性格を失うであろう。"
サイゼリヤの第1号店跡看板には「経済民主主義」「社会貢献企業」とある→チェーンストア大手も軒並み影響を受けた「ペガサス理論」との関連が分かるものらしい - Togetter
https://togetter.com/li/1844793
よく「現状を能動的に変えることなく、妥協して適応すること」みたいな意味で「ぬるま湯に浸かる」という批判の常套句があるけど、
栃尾又温泉・自在館とか微温湯温泉・旅館二階堂とか加賀井温泉・一陽館とか、そういうぬるま湯の温泉に二時間以上浸かると本当に身も心も溶けて温泉と一体化して気持ちいいので、「お前はぬるま湯に浸かる本当の気持ちよさを知っているのか?」という、ぬるま湯マウントで対抗していく。
突然職場が消えた高島のために求人情報を送ってあげよう!!!!!!
https://doronosu.hateblo.jp/entry/2023/08/01/220330
ずっとこれほしい
吉田遠志「ゼントウペンギン」 | 山田書店美術部オンラインストア https://www.yamada-shoten.com/onlinestore/detail.php?item_id=60132
戦後消費社会の出現とともに語られる〈消費者〉は、戦前期からすでに知識人の構想のなかに蠢いていた。
戦後の生活協同組合を支える論理を生み出した賀川豊彦・奥むめお・本位田祥男、流通行政の礎を築いた向井鹿松・谷口吉彦・福田敬太郎らの戦前・戦中期の思想=活動に肉薄し、近代日本に通底する社会改良主体/庇護対象としての〈消費者〉像を掘り起こす。
これまで黙殺されてきた/にも関わらず私たちの生を根底から規定する、消費者主権の思想史。
「あなたは消費者ですか?」この問いに自信をもって答えられる人は、おそらくそう多くない。
(……)現代社会における〈消費者〉としての私たちの所在なさは、偶然ではない。〈消費者〉の保護に国家が努め、企業がその動向を追いかけようとする一方で、私たちが〈消費者〉としての自覚が薄いという状況は、このような本概念の歴史的形成過程によっても生じているとみるべきなのである。
とのこと