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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

実数の記法を発明した人がおなじく12音階について記述していたとかまじかよ

キットラーの文章めんどくさすぎ

水上文さんによる佐藤かよさんのインタビュー記事。とても良かった。eスポーツの特性や属性で階級が存在しない誰にもフェアであるところは希望を感じる。
インタビュイーとインタビュアーの間に理解と問題意識がちゃんとあるから、おかしいことがおかしいと当たり前な話になる。鼻息荒くせずともこうして聴き、語られるそんな記事がもっと読みたいし、必要。
https://www.gqjapan.jp/article/20230721-kayo-sato-gq-voice

すみだ美術館の「北斎 大いなる山岳」見にいきたいな
https://hokusai-museum.jp/modules/Exhibition/#2

別に地震で全壊して撤去になる可能性もあるからな

沢山さんの記事とか典型だけど、批評家は宇佐美問題との連続性でこれを語っている。だから当初から「作品の保護」が目的化していて、事象の差異に視線が向かないし、「作品の保護」についての理論的言説を述べてしまう。「作品の保護」についての理論的言論が、今回の記事のように作品内在的な価値の話になると説得力をもたない。作品廃棄の歴史とか語ったほうがいいんじゃないかとおもう。価値があったって捨てられたり破壊されたりなんていくらでもあるのだし、残すことと捨てることの意義は作品内在的価値の問題ではぜんぜんないとおもう。

運動の発端において「作品の保護」が目標になったことに問題があるとおもう。「作品の保護」を目的化すると「作品の保護」の理論的な価値を述べることになる。批評的言説がここに終始している。

敗北を前提としつつ(撤去されてもよしとして)、別な目標をセットしていくなどの議論があってよかったとおもう。でも宇佐美問題からこのかた、作品の保護そのものが運動の目標になってしまっている。

批評家じゃない、語って然るべきディシプリンの人がいるような気がする

高島屋の権力によって「公共性」が成立しているなんてマヌケそのものなわけじゃないですか。権力主体のたんなる許可によってこの作品が残存することになったというのは、そもそも敗北なんじゃないんですかとおもうけど、そのようには総括されない。自分には、この一件は美術業界がパトロネージ的世界にいるというようにしか見えない。

では、公共性というのをどう考えるべきかというのが総括されるべき話で、自分の考えるところだけ言えば(理論的根拠などはない)、いくつかの権力の主体(暴力の主体かもしれない)が実際にネゴシエーションしながら開いていく場がそうなんじゃないのか。今回の場合だと高島屋(土地所有者)と美術批評家連盟などの業界になるんだとおもうけど、その過程がだいぶ不透明だという印象があるし、この過程に住民が参加しているのかとか、そのへんが重要なんだとおもうけど、「作品に芸術的な価値があるから残すべき」っていうのは、あってもいい意見の一つとはいえ、あまりに内向きの理屈じゃないかとおもう。

住民が実効支配するということ以外、成功する見込みがないとおもうんだけど、美術業界と高島屋で動いているように見えることに問題がある。実際に住民運動が起きたかどうかということが、この沢山さんの記事にも一言もないわけだし。

やっぱりこれもやもやするな。

作品の内部に批評的な射程があり、批評家はそれを取り出すだけということになると、批評家の批評眼はどこにあることになるのか?というのが一点。

それと、廃棄される大量の作品群があって、そのなかからとくに岡崎さんや宇佐美さんの作品を選択するのが「作品に批評的/理論的な可能性があるから」ということになっているのが、恣意的な選択でないはずはないのだけど、その恣意性が客観的であるかのように語られるというのが、もう一点。恣意性がわるいわけでもないし党派的であってもいいんだけど、その恣意性が隠されてしまっている。

批評は、みずからの恣意的な判断を公共的なものとして主張することだとおもうから、それ自体政治的な活動だと言っていいけど、そこは曖昧にされていると感じる。

今回の場合だと、岡崎作品が主張するように、ある場所を「誰の所有でもない場所」として主張するというのは、それを強制的に成立させるような仕掛けがあったかというと結局なかったという結論になるとおもうんだけど(だからこそ撤去を左右できる権力による恣意的な判断がある)、高島屋という資本とのネゴでしか「誰の場所でもない場所」が成立しないということが矛盾していて、たぶんおおっぴらにそれを言っている人がいない気がする。そういうネゴシエーションにたいして作品内在的な可能性の開示することで「理解」してもらおうというのは啓蒙主義的すぎるのではないだろうか。

https://gendai.media/articles/-/113608?imp=0

背景情報の追加であれば、自然言語じゃなくて、なにかしらのやり方で関連リンク(ツイート含む)の表示ができれば良さそうだけどね。自然言語を許容すると「誤情報です」とか言い出してファクトチェックもどきにしかならない。

Twitterのコミュニティノート、ほかのWebサービスのリサーチやったの?っておもうくらいにはひどい
https://note.com/hitoimitation/n/n958f39b384d0

最近やたら美術館の展示行ってたけど、ほとんどの場合に「もっと説明してほしいな」とおもうようになったのは変わったな。むかしは自分で消化できるから説明なんていらないとおもっていた。

美術館における経験、その作品を堪能するときと、事後の感想戦があって、この感想戦を甘く見ていることがおおいように感じる。

じゃあガソリン飲む人と運転する人の二人で行く必要がある?

落ち着いてほしいんだけど、ガソリンはアルコール類なので飲んだら車で帰れません

それで、現在の毎月の費用ですが、fedibird.com、nightly.fedibird.comの費用を合わせて145,000円ほどです。

fedibird.comは、何か事件があって、急に休眠しているアカウントがアクティブになると負荷がオーバーするため、もう一台メインサーバを確保した方が良いかもしれません。その場合は175,000円となります。

目標としては、これを全額寄付で賄えるところに持っていきたいというところです。

なお、fedibird.comはアクティブが1万人いるため、アクティブ全員が住人プランで寄付してくれればおつりが出てしまいます。年額300円、月で25円のプランです。

実際にはそこまで望めないとしても、1,000人が住人(10人分)プラン(年3,000円・月250円)で支援いただければ、同様に足りる計算になっています。

冗談みたいなやつですが、住人(100人)プランというのも一応用意しておきましたw

一人一人はまったく無理する必要はありませんので、可能な範囲で、広くご支援いただけると幸いです。

なお、多額のこれまでの累積赤字がありますので、多少オーバーしても営利に該当する心配はありません。ご遠慮なくお願いしますw

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