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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

「デザインの種」戸田ツトム、鈴木一誌

ChatGPTの話するらしいけどそこまで行けるのかな

コンクリートポエトリー
新国誠一、「川または州」に面の意識が明確にあらわれている。

田村隆一「腐刻画」
二連詩。
連と連の空白、断絶によって、「彼」から「私」に視点が転換する。その断絶を隠喩として利用している。

短歌か近代詩かって話、エクリチュールかどうかだよなぁ

北原白秋が、短歌っぽい韻律の詩を書いたら短歌界隈の連中に短歌として批評されてムカついた、という話。改行によって成立する詩を、改行なしでスラッシュで表現され、短歌として扱われた。

文語定型詩から口語自由詩になったときに、「散文は詩ではないではないか」という議論が起きた。それに対して萩原朔太郎が散文詩の擁護として、形式的な定型とリズムを区別する理屈を立てた。

映画が「映画のようなもの」になっているというぼんやりした違和感。それはデジタル化に関わっていると思う。というところから。

途中まで読んでけっこうおもしろい、あとで読む
https://slowinternet.jp/article/20230413/

これはおもしろそうな
https://www.amazon.co.jp/dp/4823411293/

日米開戦より、そのまえ10年くらい続いていた日中戦争のほうがはるかに重要な意義というかなにか探るべきものがある気がするな

国立国会図書館、複写は著作権者の許諾なしでいけるっぽいのにPDF化には許諾が必要ってなっているの、どういう理屈なんだ
https://www.ndl.go.jp/jp/help/remote.html

私刑は法治国家において云々という話がでるたびにもやるんだけど、私刑は通常の法の裁きの範疇の話であって、法治というのは政治過程が法によって支配されるべきという話だとおもうのだが...。私人に対して法の適用が云々ではなく。

「法治国家ではないのか」っていう言葉を、裁判で結果でたんだから場外乱闘するなみたいな意味で使っている人を見たけど、法治国家という言葉の意味はそもそもそういうことじゃない...

超芸術じゃん
「散歩する女の子」(作者スマ見)より。「死んでる水飲み場」についての説明をしており、水が出なくなった水飲み場の写真が掲載されている。

「特殊能力が必要だったために特定の人に依存していた仕事が誰でも行えるようになること」って、特殊能力が現実的な権力を生みだしていて、「民主化」なるものによってこの権力が解体され各人が権力の主体になるというのなら理解できなくはないけど(特殊能力の持ち主は持っていない人を「支配している」のが事実であるなら)、そんな現実がどこにあるのか。絵を描く能力をもっている人が誰を支配することができるのか。そんな支配関係がないところに「民主化」という謎ワードをあてる意味はわからない。

こういうのが「民主化」という語で呼ばれるようになってきたの、近代の民主主義とはなんの関係もなくて、啓蒙主義を薄めたイデオロギーそのものだよな。「民主化は言い換えると、特定の仕事を特定の人以外でも行えるようにする解放のこと」って、「民」は何に対しての民なの?
https://twitter.com/takoratta/status/1646651689116778496

ヘルムホルツって新カント学派的な流れにあるのか。

> これに対して、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツは、当時の感覚生理学の研究成果を援用し、知覚の内容が知覚の主観的諸条件に依存していることから、これをカントの超越論的哲学に応用した上で、カント的な現象と物自体との厳密な区別を再評価し、例えば自然科学のようないわゆる「経験科学」によって物自体が認識できるという独断論を批判したのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E6%B4%BE

テキストを読むときに、それを他人に説明するために要約を作りながら読むと、いろいろな発見があっておもしろい。

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