途中まで読んでけっこうおもしろい、あとで読む
https://slowinternet.jp/article/20230413/
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これはおもしろそうな
https://www.amazon.co.jp/dp/4823411293/
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国立国会図書館、複写は著作権者の許諾なしでいけるっぽいのにPDF化には許諾が必要ってなっているの、どういう理屈なんだ
https://www.ndl.go.jp/jp/help/remote.html
https://www.ndl.go.jp/jp/help/remote.html
私刑は法治国家において云々という話がでるたびにもやるんだけど、私刑は通常の法の裁きの範疇の話であって、法治というのは政治過程が法によって支配されるべきという話だとおもうのだが...。私人に対して法の適用が云々ではなく。
「特殊能力が必要だったために特定の人に依存していた仕事が誰でも行えるようになること」って、特殊能力が現実的な権力を生みだしていて、「民主化」なるものによってこの権力が解体され各人が権力の主体になるというのなら理解できなくはないけど(特殊能力の持ち主は持っていない人を「支配している」のが事実であるなら)、そんな現実がどこにあるのか。絵を描く能力をもっている人が誰を支配することができるのか。そんな支配関係がないところに「民主化」という謎ワードをあてる意味はわからない。
こういうのが「民主化」という語で呼ばれるようになってきたの、近代の民主主義とはなんの関係もなくて、啓蒙主義を薄めたイデオロギーそのものだよな。「民主化は言い換えると、特定の仕事を特定の人以外でも行えるようにする解放のこと」って、「民」は何に対しての民なの?
https://twitter.com/takoratta/status/1646651689116778496
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ヘルムホルツって新カント学派的な流れにあるのか。
> これに対して、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツは、当時の感覚生理学の研究成果を援用し、知覚の内容が知覚の主観的諸条件に依存していることから、これをカントの超越論的哲学に応用した上で、カント的な現象と物自体との厳密な区別を再評価し、例えば自然科学のようないわゆる「経験科学」によって物自体が認識できるという独断論を批判したのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E6%B4%BE
> これに対して、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツは、当時の感覚生理学の研究成果を援用し、知覚の内容が知覚の主観的諸条件に依存していることから、これをカントの超越論的哲学に応用した上で、カント的な現象と物自体との厳密な区別を再評価し、例えば自然科学のようないわゆる「経験科学」によって物自体が認識できるという独断論を批判したのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E6%B4%BE