ワークニ、まとまった金持ってるのが国しかなくなった結果、全てのビジネスモデルが「国からいかに金を引き出すか」に行き着いてしまい、商品やサービスの優劣で競うのではなく、「いかにして国の有力者(政治家・官僚機構etc)に結びつくか」が勝敗を決める世界になっているので、そんなビジネスモデルから「国際競争力」などが生まれるはずもないのであった
Four wild goats putting on a show by posing on a fallen tree. 🐐 🪵
Nice contrast between this shot taken with a DSLR and telephoto lens versus the previous phone shot I shared.
ボルヘスの”地理院は一枚の王国の地図を作製したが、それは結局、王国に等しい広さを持ち、寸分違わぬものだった”というフレーズが出てくるのなんだっけ
→『学問の厳密さについて』だった
→ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ・完結編』にも1マイル:1マイル縮尺の地図が出てきて、”今では地上そのものを地図に使っとります。代用にはなりますぞ”というフレーズが出てくる
→人間と寸分違わぬAIが出来た結果、人間をAIの代用にする
みたいなことを考えていた
あと、低次性質の「あの花は赤い」ときの「赤」みたいなのは知覚じゃなくて感覚だとおもう。それが命題の形を取るなら認識だけど。なぜ知覚という概念だけでやっているのかがいちばんよくわからない。
知覚と判断の境界 : 知覚はどれだけのものを捉えられるか(要約) 源河 亨
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=KO10001001-20154396-0004
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2019/proceedings/pdf/JCSS2019_O2-2.pdf
この区別はどのように問題になるのだろう
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2019/proceedings/pdf/JCSS2019_O2-2.pdf
ヒュームの場合はセンスデータ論の以下の8項目のうち、(8)の「センスデータは、感覚という作用自体、センスデータを把握する感覚作用自体とは区別される」という項目以外には同意している可能性がある、とのことなので、ヒュームはセンスデータ論にかなり近いと
ちゃんと読んでないけど、デカルトは赤の観念がそれ自体赤いと考えているわけではないので、間接実在論ではあるがセンスデータ論ではないのかな https://plato.stanford.edu/entries/sense-data/