タンジブルUIが「ただの情報ではなくて日常のなかに実在する物たちとおなじような存在であることを目指す」と言われると、どうしても、イリュージョンで成り立っているとおもわれていた絵画に、実際のモノが貼りつけられたことで成立したリアリティ(コラージュ)についてのあれこれの言論を思いだしてしまう
https://social.vivaldi.net/@pokarim/110043140748387139
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マリオはなぜクリボーとぶつかったら死んでしまうのか、ブロックから何故キノコがでてくるのか、キノコを食べるとマリオが大きくなるのはなんのメタファーなのか、ユーザーはそういうことは何もわからなくても、マリオを操作して世界内の意味を発見することができる
まえ野沢くんが言ってた話で、マリオのブロックなんて別に現実にあんな空中に浮いたブロックがあるはずもないが、ステージの最初のほうでクリボーがきて、それをジャンプで避けるタイミングでうまいことブロックに頭が当たるようにデザインされている。ジャンプでぶつかったらブロックがボコッてなる、というパターンがEnactiveに形成されればよい。
HCIが未来のコンピューティングを志向するかぎりはそれはそうかもしれないけど...
しかし、石井先生の研究とかもともとグループウェアの研究から発展しているわけで、そことタンジブルビットとのあいだに理論的な飛躍があるとみるのは良くないとおもっているけど、あんまり言語化されていない領域な気はするなぁ
しかし、石井先生の研究とかもともとグループウェアの研究から発展しているわけで、そことタンジブルビットとのあいだに理論的な飛躍があるとみるのは良くないとおもっているけど、あんまり言語化されていない領域な気はするなぁ
タンジブルUIとか、あきらかに現状のUXとかHCDとかの語彙で語れないし、語るべきでもない
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B9
UXではない言葉が必要という話、おもえばHCIという領域があるのに、HCIがアカデミックで実験的みたいな見え方するようになってしまった、というのもあるよなー
https://social.vivaldi.net/@pokarim/110038549365997585
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小学校で「間違えるな」「間違えたら恥ずかしい目にあわす」「間違えたら罰が課せられる」。こんなことばかり教えてるからか、必死で知ってるフリする、知らないこと隠す子ども続出。「知らない」は学習のスタートなのに、そこからできるだけ離れようとしてしまう。