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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

てか ansible を数年書いてないので、どんなだったか忘れてしまったけど...

みんな鯖の運用に ansible とか書いてたりするのかな

理由はわからないけど、全然美味しくなさそう。理由はわからないけど!!

まだIE11で動いている世界はインターネット宇宙のなかにはたくさんある

ソフトウェアとUIの設計の是非の議論って下手したら俺の認識論ときみの認識論で勝負だ!みたいな感じになるってことか

開発者とかは、同期的な系の針がすすんでいるとおもうから「jQueryのバージョンがふるい」とか「いまさらjQueryとかなん?」ってなるけど、ふつうはそのページをみているときに、そのページを基準とした観測系があるというだけなんじゃないかな

古いバージョンのjQueryを読みこむとかまだインターネット上にたくさんあるとおもうけど、外形的に問題なければそもそも気付かれない。

* ページAがページBに参照される
* ページAが改変される(ページBはこのことを知らない)
っていうときに、ページBが観測しているのは古いバージョンなんだけど、これが「古い」と言いうるのはすべてを同期的な系として見渡すことができる観測者が仮定されるときだけではないか

完全な双方向性、非同期をあきらめるしかないですしね

テッド・ネルソンが目指したような完全な双方向性を保証するようなリンクをいまのWWWみたいな規模で実現するのはあまり現実的ではなかっただろうなとなんとなく思う

これ、そういえばWWWのことをアインシュタイン的な宇宙なんだってなぞらえている人がいたけど、「いま見えているはるか彼方の星」はじつはもう超新星爆発とかでなくなっているのかもしれない。そういうのに似ている気がする。
https://pleroma.tenjuu.net/notice/AThtpvUF6hIftLWoV6

しかも被参照を考慮すると、潜在的にオブジェクトにアクセスを持つすべての人が自分のうちに情報の同一性観念を持っており、おそらくそれらはあまりアラインされていない……

そう。だからソフトウェア上では「蜜蝋の同一性」という脳内概念を、蜜蝋という対象そのものから分離しておく必要がある。

蜜蝋が変化を続けていったときに同じ蜜蝋としての同一性を保持しているかどうか、それを判断して決定するのはソフトウェアの利用者でありオブジェクトの編集者ということになる

外在的な世界に埋めこまれてしまったリンク構造とかになると、認知上の同一性というだけではどうしようもなくなるな。「認知上の同一性」が自分と他人で同一とは限らないから。

デカルトの蜜蝋は、蜜蝋の同一性が脳内に確立されているからこそ、「蜜蝋は融けた」と変化について言及することができる。デカルトが考えているのは、「蜜蝋の同一性」とはあきらかに脳内にある概念のことで、イミュータブルな性質をもっている。

これはかなりデカルトの蜜蝋っぽい
https://social.vivaldi.net/@pokarim/110038793084121407

『ラーメン』という概念に対応するオブジェクトもしくはIDを生成して、その表示名として"ラーメン"を与えて、それをページに配置しつつ、それに向けてリンクをはる、そのように構成されるべきだと思う
https://scrapbox.io/shokai/wiki%E3%81%A7%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%81%AEURL%E3%82%92ID%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A8%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E3%81%AB%E3%81%86%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84

経時的同一性の確保、スナップショットとバージョニングで太古の昔よりうまく行っており、インタネッツ時代になっても相変わらずそうなので (差分を扱う技術は著しく発達したが)、まあ本質的にそれが良い策なのかもしれないなと思う

文献の引用とかは、第2版何ページ何行目とできる

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