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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

物体の同一性問題と、情報の同一性問題は、おなじレベルで扱ってよいだろうか

記事について (経時的に) 何を「同じ」だと思うのか、というのはかなり重要な問だと思う

web の場合はむしろ「誰かがそのように認識した、その瞬間のもの」を参照できるようにしたいので (たとえば本題が同じであろうと、誤解しやすい書き方であったのならその書き方そのものを参照したい)、むしろフォーマットよりも認識の方に楔を打ちたいよな。
ある記事が markdown だったのが HTML に変換されていても参照には大した影響がないが、ミスや古い内容が訂正されていると場合によってはかなり困る

蜜蝋が融けて変化したからってそのモノの本体は変わらんやろ(同一性が維持される)というのがデカルトの見解だけど、これは物体の同一性が外在的にあるっていうより、認識論だよね。

https://www.aozora.gr.jp/cards/001029/files/43291_21543.html

我々は、例えば、この蜜蝋をとろう。それは今しがた蜜蜂の巣から取り出されたばかりで、未だ自己の有する蜜のあらゆる味を失わず、それが集められた花の香りのいくらかを保っている。その色、形体、大きさは明白である。すなわち、それは堅くて冷く、容易に掴まれ、そして指で打てば音を発する。要するに或る物体をできるだけ判明に認識し得るために要求せられ得ると思われる一切が、この蜜蝋に具わっている。しかしながら、見よ、私がこう言っている間に、それを火に近づけると、残っていた味は除き去られ、香りは散り失せ、色は移り変わり、形体は毀され、大きさは増し、流動的となり、熱くなり、ほとんど掴まれることができず、またいまは、打っても音を発しない。それでもなお同じ蜜蝋は存続しているのか。存続していると告白しなければならぬ。

デカルトの蜜蝋問題だ

そもそも id は identifier なわけだが、記事の内容も本質もメイントピックも可変であるような状況で同一性 identity とはそもそも何なのだろうかと思う

これはおもしろいけど、ラーメン でリンクした先が ダイエット に変更される場合にはリダイレクトによっても解決できていない気がする https://scrapbox.io/shokai/wikiでページのURLをIDにすると絶対にうまくいかない

「良さ」というものが、自分のありかたにふさわしく適切に合致する、というときに「良さ」を感じるのだとしたら、ソフトウェアが適切に拡張可能であることは、良さの源泉でありうる

ソフトウェアの経験のなかに良さを感じるもの、自分にはなんだけど、多くがソフトウェアの可塑性からきているとおもう。拡張可能性とかもそうだけど。

ソフトウェアの性質というかソフトウェア経験の性質というか

ていうか実際にソフトウェアの性質を語る言語ではなくなっているんだよな

UXという概念がどこに限界あるかについての批判も必要だなー

直観的に操作できる、操作体系に合理性がある、いい感じに使える、そういった性質についてUXという言葉を使わないでうまく表現したり分析したりする方法が必要

@polidog あれ、なんか見たことある気が...?

Fediverseの検索があんまりできない問題、たとえば連合で一つの検索サーバーに情報を集約するとしてもネットワークのごく一部で、検索アプリケーションもFediverse上の一つの参加者と位置づけざるを得ない。このほうがwwwっぽいというか、Googleがまるでwwwへの単一の入り口のように振る舞っていたほうが変だなと思うようになった。

大手出版社に著作権侵害で訴えられた電子図書館が「すべての図書館の将来を脅かす訴訟だ」と主張して支持を求める║GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20230317-battle-for-libraries-internet-archive/

@polidog 圧かけていきましょう!

Twitter、投稿に何件ブックマークされたか表示するようになったのね。

プラットフォーム側は、こういうのをみせたい。いつでもみせたがっている。

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