https://www.aozora.gr.jp/cards/001029/files/43291_21543.html
我々は、例えば、この蜜蝋をとろう。それは今しがた蜜蜂の巣から取り出されたばかりで、未だ自己の有する蜜のあらゆる味を失わず、それが集められた花の香りのいくらかを保っている。その色、形体、大きさは明白である。すなわち、それは堅くて冷く、容易に掴まれ、そして指で打てば音を発する。要するに或る物体をできるだけ判明に認識し得るために要求せられ得ると思われる一切が、この蜜蝋に具わっている。しかしながら、見よ、私がこう言っている間に、それを火に近づけると、残っていた味は除き去られ、香りは散り失せ、色は移り変わり、形体は毀され、大きさは増し、流動的となり、熱くなり、ほとんど掴まれることができず、またいまは、打っても音を発しない。それでもなお同じ蜜蝋は存続しているのか。存続していると告白しなければならぬ。