自分の記憶でも村山富市とかが首相やってた時期があるくらいだから社民は90年代までぜんぜん活力あったけど、党勢後退は政治制度の変更が原因で、この政治制度がましになるような議論が構造上ほぼできなくなっていることに問題がある。
どうやって選挙をプレゼンテーションしていくかという問題を、20-30年くらいは二大政党制という夢のなかでやってきてそれにほぼ失敗しつつあるという現在で、次なる選挙の形をどうすればいいかなんだけど、現状でたぶんなんのモデルもない。
二大政党制をもういっかいチャレンジするどうかがひとつの争点なんだろうけど、二大政党制目指さないとしたらどうするんだろうな。
どうやって選挙をプレゼンテーションしていくかという問題を、20-30年くらいは二大政党制という夢のなかでやってきてそれにほぼ失敗しつつあるという現在で、次なる選挙の形をどうすればいいかなんだけど、現状でたぶんなんのモデルもない。
二大政党制をもういっかいチャレンジするどうかがひとつの争点なんだろうけど、二大政党制目指さないとしたらどうするんだろうな。
大椿さん、さすがである。
「本日防衛省に、『防衛省広報アドバイザー・弘兼憲史氏による、辺野古新基地建設反対運動に関する誤情報の発信についての質問状』を送りました」
戦前は「函」のほうが主流だったんじゃないかな。
https://fedibird.com/@hongminhee/113354697267397384
https://fedibird.com/@hongminhee/113354697267397384
投票の指針。私はこれ参考でいく。
Xやっている方はこの方をフォローしてください。かなりしんどそうですが、必死にガザ北部の現状を伝えてくれています。まだ21歳です。
https://x.com/HossamShabat/status/1848750216100339733?t=CSeing9lrf1U7Oc4iPIttA&s=19
二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。
https://www.bible.com/ja/bible/1819/MAT.18.20.%2525E6%252596%2525B0%2525E5%252585%2525B1%2525E5%252590%25258C%2525E8%2525A8%2525B3
https://www.bible.com/ja/bible/1819/MAT.18.20.%2525E6%252596%2525B0%2525E5%252585%2525B1%2525E5%252590%25258C%2525E8%2525A8%2525B3
織田がここで爆心地広島との距離、「存在の断崖」として経験していることは、ナショナリズムと呼ばれるものの境界線の経験そのものだ。ナショナリズムは想像力のなかで国家を生み出し、その想像的な国家に自己を包摂されることによって成立する。織田の経験はこの包摂から切り離されてしまったものとしての自己の経験である。
この記述は、広島に原爆が落ちたときに、織田と広島との距離をあますところなく描きだしている。彼は遠くの爆心地を思いながら、「全民族の敗亡」を思考する。それは彼と広島との距離を埋めたてる想像的な行為である。「民族」をつうじて、織田少年は広島の犠牲者と一体化する。だが実際はそのようにはならず、織田少年は生き残った。ここに、広島との想像的な一体化と、実際の懸隔があり、この断絶のことを織田は「存在の断崖」と呼んでいる。
一九四五年夏、広島の無数の非武装大衆の頭上に妖しい閃光が開き、一瞬の後、そこが巨大な死と無人の広がりに変貌したころ、遠く離れた東京近郊に栄養失調気味のからだをもてあまして私は不思議にも無事であった。しかし、広島市は一発の特殊爆弾の投下によりほとんど全滅、のしらせが、私たちのところまでとどくには、そんなにひまがかからなかった。ひるむということではなく、本土決戦をまたずに全民族の敗亡は時間の問題かも知れぬという暗い予感が覚悟として胸のなかに立上がるのをおぼえた。広島の方角の空の一角を仰ぐと、その灰色の曇りぞらが彼方から私の心を吸引するロートのように一瞬へこんで見えたが、そんな幻覚とかかわりなく、曇りぞらの下には戦時下の日常があり、人々はまるで今日の次には明日があるという自明さを寸分も疑わぬような風情で話しあっていた。実にそれは不思議な眺めであった。
織田達朗「存在の断崖にとどまる」