https://twitter.com/takanobumiyake5/status/1767231620346704211
Twitter使っているのにTwitter批判するんだwwみたいな嘲笑たくさんあるし、バリエーションに「日本批判するなら日本から出ていけ」があり、こういうのを解消するための手段としてオルタナティブスペースは模索されているようにおもうけど、この嘲笑をする人たちは、オルタナティブスペースには関心がない(Fediverse に関心がないし)。
https://activehistory.ca/blog/2015/06/29/the-die-in/
ダイインの歴史。逆に美術批評家がアクティヴィズムの中で培われてきた演劇性をきちんと批評すべきということでもあるんだろうな
https://activehistory.ca/blog/2015/06/29/the-die-in/
ところで、アーティストがアクティビズムですでに主要な行動をそのまま使うのを見ると、逆にダイインを一番最初にやった人は何を思ってそれを発明したかを考えてしまう。この前の「本読みデモ」は結構良いなと思ったけど、同じように誰もが真似しやすい抵抗の形を提案するのは一つのアーティストの在り方でないだろうか。
BT
こちらのtenju99さんがプレゼントしてくれた記事を読むと、警察の動きと美術館の対応がより具体的に分かる。(シェアありがとうございます!)
「表現の自由」が許された場に「国家権力」を入れて自由にさせたってことはよく分かった(最悪)。
飯山さんたちの行動を「批評」するアート界隈の人たちがXでちらほら流れていたけど、もっとこちらについて批評や議論をしてほしいもの、というか危機感を感じてほしい。飯山さんたちへの「批評」も、「もっとこうした方が良かったのでは」的なのが何件かあってげんなりしたけど。じゃあ、それやればいいじゃんね。誰のどこから目線だよ。
可視化とエンパワメント。充分じゃんね。
https://digital.asahi.com/articles/ASS3C71JBS3CULZU00W.html?ptoken=01HRPTP4KTFA900E6XJ4ZGNC7J
上記↑記事を書かれた毎日新聞高橋咲子氏のX投稿↓
既に話題になっている、国立西洋美術館でのアーティストによるガザ侵攻抗議活動。警察を美術館内に入れたのは悪手だったと思います。パフォーマンスの様子や、そこにいた内覧会参加者を撮影、監視していました。
西洋美術館でのパフォーマンスは展覧会を妨害するものでもなく、作品に危害を加えるものではない。(それに無言でした)それなのに警察をなぜ入れたのか。館内に入れるような事態とも思えません。まずは、美術館側が議論を尽くすべきではなかったでしょうか。
そうなんだよね。館長の「尊重したい」というコメントと相反するんだよ。自分たちが通報していなくても、館長の裁量で警察が入ることを止めることは出来た筈。
思わず、コメント引き出して下さってありがとうございますって、お礼のリプしちゃったよ。俺誰だよ笑。
https://twitter.com/axNeeyjDBkvheTr/status/1767182427523621100?t=4caB5JZKnmppdHW3S7hNdQ&s=19
https://note.com/misonikomi_oden/n/n43d2994afaa6