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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

甘露醤油の歴史、けっこう気になる

甘い醤油が高級という通念のあった北部九州では、大正時代から甘味料を添加した醤油があり、アミノ酸醤油は甘味に加えてうま味も増えるので、甘露醤油の代用品として人気が出たのだそうです。そのような背景のなかった関東では、アミノ酸醤油は粗悪な代用品として嫌われ、戦後消滅します。

アミノ酸醤油が東西で命運を分けたのは、戦時中の統制も影響しました。太平洋戦争下は醤油も統制されますが、添加するアミノ酸液はまた別に統制されたので(縦割り!)、北部九州ではアミノ酸液が不足する一方、関東では粗悪なアミノ酸液の添加が進んで消費者から不評を買ったのだとか。面白いですね。

届いたばかりの『社会経済史学』89巻4号に掲載されている田中醇「北部九州における「甘い醤油」定着過程の検討 筑豊地域醤油醸造化の「アミノ酸醤油」製造に着目して」という論文が面白いです。私も九州に来て、醤油の甘さに驚きましたが、その原因に迫った論文です。

そのキーになるのが、アミノ酸液を添加した「アミノ酸醤油」です。私はその名は戦時中の粗悪な代用品として知ってはいましたが、北部九州では1930年代後半から作られており、しかもそれは消費者から「人気があった」のです。その背景には、柳井名産の甘露醤油という、甘い高級醤油の存在がありました。

というか江戸期の差別主義的な身分制度がよくわからない

江戸時代初期においては穢多頭の管理下だったようだから、やっぱり賎民視されてたということなのかな

江戸時代に役者か差別待遇だったというのが、どうしても直感的にわからないなぁ...

明後日は秋田の旧松倉家住宅でおおしまたくろうさんの映像上映会+トークイベント。1年前に秋田市文化創造館でやった「滑琴狂想曲in秋田」の記録と新作映像とのこと。

https://akitacc.jp/event-project/kakkinkanon/

昨年のイベントでは招待していただき長文レビューを秋田市文化創造館のWebサイトに寄せました。
「地球を掻き鳴らすピック」という文章です。結構気合い入れて書いた文なので上映会参加される方もされない方も是非読んてください。

https://akitacc.jp/article/oshima_review/

この例で言えば、エヴァは「神経接続」という謎テクノロジーによってUIを撤去しているように見えるけど、第2話の使途による初号機攻撃シーンはディスプレイを破壊する攻撃として表現され、このディスプレイ破壊が目の痛みと直結する表現になっている。
https://pleroma.tenjuu.net/notice/AfOnp8IddCqkFxmilU

これマリカーやるときに体が傾く、みたいな話とどう繋っているんだろうとおもいながらよくわからないのでこのまま放置しておこう。

「ユーザーインターフェース」が必要になってしまうのも、この彼我の世界の区別があるからだよな。この区別はまた WYSIWYG の what you see と what you get の区別でもあり、理想的なユーザーインターフェースは WYSIWYG の "is"、つまり what you see と what you get の同一視を許すものとして成立してきた(ダイレクトマニピュレーション)。

markdown は非WYSIWYG的なUIに刺さる気がする
実際マークダウンエディタが通常のテキストエディタでプレビューが並列されているのが多いけど、これも WYS と WYG が別

いや仏語がわかれば読めるやろ……デドゥポーかな
とドヤ顔でリプ欄を開いて誤ちを知った
https://twitter.com/158cm43kg23cm/status/1763034913006326137

"the intention of direct manipulation is to allow a user to manipulate objects presented to them, using actions that correspond at least loosely to manipulation of physical objects." https://en.m.wikipedia.org/wiki/Direct_manipulation_interface

reveal.js マークダウン管理できるのがよくて前使ってたけど、結局GUIでスライド作るようになってしまったんだよな。

タイプライターや手書きでは what you see と what you get が分離していないのは自明

what you see と what you get が is で結ばれるような経験を提供するインターフェースを持ったものがwysiwygで、だから what you see と what you get が分かれているのが一般的だった、じゃあ what you see って何と言えばディスプレイなんだけど what you get は印刷物のことであって、いまだにこの概念が残ってるのは何

WYSIWYG的経験とはなにか

オタクにとってのディスプレイは目の前にあり没入によって忘れられるものだったが、アニメの設定じたいがそのディスプレイを入れ子状に取り込むことになる。作中人物とディスプレイの関係を、自身とディスプレイの関係のアナロジーとして了解するという仕掛けがある、という分析はけっこうおもしろい。

友人がロボットアニメの系譜について、鉄人28号はリモコン操作で機体が独立、ガンダムとかでは機体のなかに入るがまだ間接的インターフェースを通じて操作する(自動車に近い)、エヴァになると機体のなかで神経接続する、みたいな発展の系譜を言ってたのちょっとおもしろかったな。エヴァの神経接続はテレビへの没入のメタファーである(つまりオタク経験のメタファー)という主張であった。

ラジコンカーの操作でも上手だと没入感があったりするんだろうか、ありそうな気がするけど(自分はあまりやったことない

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