展示を見る→図録を読む
みたいな一般的な流れを逆にしたいと思っている身としては、事前にさまざまな論点整理ができてありがたいとなった
「大吉原展」が炎上。遊廓はこれまでどのように「展示」されてきたのか? 博物館や遺構の事例に見る享楽的言説と、抜け落ちる遊女の「痛み」(文:渡辺豪) https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/daiyoshiwara2024-insight-202402
幸田露伴のスイーツエッセイの感想
以前にFBで書き散らかしていたのを備忘でまとめた。
ある時、僕はたまたま有賀喜左衛門が柳宗悦の影響を受けて朝鮮の独立運動のシンパになっていたことを知った。それから、戸田貞三が東京大学の教授として「満州国」への日本の侵略を支援するような活動をしていたことも。
そう思って有賀の著作を読み返すと、彼が慎重にではあるが、日本帝国を批判したり、農村の非合理性を改善した利用としていたことが少し感じられた。ただ、その時に進歩ということをすればいいんだとは考えていなくて、それが戦後には社会の進む方向とは逆に出てきたようだ。
だからといって、伝統がすべて素晴らしいと言いたいわけではない。伝統がひどくどうしようもないことは多いし、戸田貞三にも伝統主義者としての面はある。だから、事はそう単純ではない。というか、僕が思っているのはだいたいそういうことだ。ことはそう単純ではない。
割り切ることは時として有用だし、特に自分が詳しく知る必要がない分野についてはそうだ。ただ、解像度を高くして見ざるを得ない場合には、やはりちょっと抵抗がある。
変な話をすると、戦前から日本の家族を農村を中心に研究していた有賀喜左衛門という人がいて、戦後に『日本の家』という本を書いて、それが、なんというか伝統に寄り添うような感じだったので、僕は大変嫌いだった。有賀は自分自身、長野の庄屋の家の当主でもあるし(ちなみに、戦艦大和の最後の艦長だった有賀大佐は喜左衛門の親戚である)。
で、他方に戸田貞三という人がいて、この人はアメリカ留学帰りで、これから日本は民主化されなければならないというような感じのことを言っていた。これは実に悪くない。戦後も、まあ色々あったけど、戸田の路線で多くの人が発言して、民主的な家族生活の重要性みたいなことを提言してた。
便教会というワードがヒットしたので探してみるとなんだかもう大変なことに
ちいかわレベルになると、それだけでニュースになるんか…… / 「ちいかわ」作者・ナガノさんがSNS「Bluesky」にアカウント作成 早速マンガ投稿 - ITmedia NEWS https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2402/07/news139.html
https://twitter.com/arai_hiroyuki/status/1755064077142176119
https://blog.tenjuu.net/2024/02/07/daiyoshiwaraten
江戸時代、新吉原遊廓についての歴史学での成果を挙示しておく(おもに都市史とジェンダー史関連)
まず刊行書籍から。
横山百合子『江戸東京の明治維新』
国立歴史民俗博物館監修『性差の日本史』
高埜利彦編『近世史講義』
長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』
『みる・よむ・あるく東京の歴史』5
佐賀朝・吉田伸之編『シリーズ遊廓社会』
吉田伸之『身分的周縁と社会=文化構造』
塚田孝編『都市の周縁に生きる』
塚田孝『身分制社会と市民社会』