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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

最低賃金割っているのでは...

実は正社員になるの来年からなんだけど、時給1000円計算でもらった手取りが前職より10000円多くて変な気持ちになった

松濤美術館の「「前衛」写真の精神: なんでもないものの変容」見てきた。ほぼ大辻清司展だったけど、今年武蔵美でみて「ふーん」くらいの感想だったのが、しっかりコンテキストを提示されておもしろかった。中平ら風景論派との緊張関係もよくわかった。

明治か大正に描かれた日本画を買った。掛け軸ってこんな長いのか。壁に掛けるの難しい。

今スマホとか「使いこなしてる」風に見えてる若者も最初の道具がそれだったというだけで今後一定数が次の道具が現れた際に脱落する。そういうもの。

ここでリテラシーというのはプログラム書けます!とかスプレッドシート使ってます!とかよりもっと手前で、どうやってPDFを共有するかとか、そういうのです

若くてもぜんぜん駄目な人けっこういる

コンピュータについてのリテラシーって年齢にかかわらず、まじで人それぞれなんだな...

「自分のウェブサイトを持つ」 私企業Webサービスの代替としてのインディーウェブ(The IndieWeb Movement)
2022年12月20日
https://www.cotan-en.com/blogs/news/the-indieweb-movement

「たくさん売る」以外の在りかた(版元ドットコム版元日誌)
https://www.hanmoto.com/nisshi1126

「一冊の本を書店が資金を出し合って運営する」出版ビジネスモデル!
全国で広く、ではなく、その本を扱いたい書店が利益を得られる形で長く売り続けられる仕組みを試している、という印象。
「「やっていける」のは自分じゃなくて、本がやっていけるようになればいいと願っています。」
という言葉が、その取組みの根っこにあるものを示しているのではないかと。

批判するのはいいけど具体的じゃないと意味ないな。どこだって経済活動してるんだから結託なんていくらでもある。

小田原さんの言っていたの「文化庁アートクリティック事業」というやつで、ユミコチバアソシエイツがやっているのか。
Yumiko Chiba Associates http://ycassociates.co.jp/critics/2023/09/26/1818/

「某コマーシャルギャラリーが文化庁とやっている美術批評家支援事業」ってどこなんだろう?
https://twitter.com/odawaranodoka/status/1737104429009289607

「排除アート」という呼び方になんとなくシックリきてしまう感性は、日本において「デザイン」という行為自体の認識されづらさがあるような気はする。都市やモノが意図をもって設計されていると思っていないというか。

デザインという意図をもった製作物を「排除アート」と呼びなおしてしまうの、たぶんトマソンの流れに接続しているんですよね。トマソンはデザインの意図が脱臼された結果のものだけど、排除アートと呼ぶのはデザインの意図の隠蔽に近いものがあるとおもう。

この五十嵐太郎インタビューも「アートっていうより建築やデザインの問題だ」「敵対的建築といった海外での呼び方のほうが適切だ」って繰り返し言ってるのに「排除アート」って言葉にインタビュアーが固執しているように見えて厳しい。

巧妙化する「排除アート」 誰にもやさしくない都市が牙をむく時 https://withnews.jp/article/f0210712003qq000000000000000W02c10101qq000023308A

さんざん言われてることだろうが、日本語で「排除アート」と呼ばれるもの、なんで「アート」と呼ばれるのか、英語圏のようにhostile architectureやhostile designとなぜ呼ばないのか、はなはだ疑問だ。

その先行例となる作品をつくった過去の作家の側では、同時代の価値観に反抗していることが多いけど、ある時代の美意識の規準というものは確実にある、その規準となるような美意識のほうが歴史には埋没しがちで、外れているほうが歴史的評価がしやすいと見えるのはたぶん革命史観

ある表現がその時代にとって早すぎた、みたいな評価のはなし興味深い
歴史語りのなかでしか発生しない物言いで、そういう語りが成立しているときには現在地点の表現物や価値観から遡行してその祖型として先行作品を評価している

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