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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

これ読めないけど、ヒト・シュタイエルはArtforumのオープンレターを反ユダヤ主義だとしているのか。
https://www.spiegel.de/kultur/hito-steyerl-ueber-antisemitismus-in-der-kunst-einige-halten-die-hamas-fuer-eine-befreiungsbewegung-a-b6950d55-db0e-4e5d-ab0e-c1288f22362b

だから、ボイコットというのは「自分にとって必要なもの」の見直しからやる必要があるはず。政治的主張とトレードオフ関係になるものを探すことなんじゃないかとおもう。

依存をベースに支配が効くようになるわけだから、抵抗の戦略は依存から脱却することになる

イスラエルの音楽文化をキャンセルするべきか、「Waves製品を使っている」まで突っ込むと現代のスタジオの音楽全部聴けない

自分はボイコットには意味があるとおもっています。ただ運動として組織していないと意味はなくて、現状ではモデルケースが練られていないんだとおもう。

一連の投稿読んだ。文化をボイコットすべきかどうかの逡巡。
https://twitter.com/kentarotakahash/status/1718534455814680744

あ〜あ、まただ。紀元前からの問題では無く宗教の問題では無いと何度言えば済むのか。こういう説明によって台無しにされる。20世紀以降の政治問題なんだってば。: ユダヤとパレスチナの「3000年」続く因縁…憎しみが憎しみを生む悪循環はいつ始まったのか:東京新聞 TOKYO Web https://www.tokyo-np.co.jp/article/286593

https://twitter.com/harabun/status/1718614631605051782?t=mT-VkB0PbOsYJHUySo1lTA&s=19

この手の記事は美術手帖とかにはぜったい書けないよな。針生一郎みたいなジャーナリスト気質の人が一人もいない気がする。
Artforum Editor Fired After Wealthy Collector Attacks Gaza Letter
https://theintercept.com/2023/10/26/artforum-artists-gaza-ceasefire-martin-eisenberg/

この件いろいろ思うことがあったけど、内実がまともに書かれていてよかった。

ファーレ立川の岡﨑乾二郎作品撤去撤回とパブリックアートという未来/福永信|「新潮」編集部 @Monthly_Shincho #note https://note.com/monthly_shincho/n/nb3fe65d9ad46

今日聴いていたBBCもpodcastでハマスを「テロリスト」と呼ばない方針を表明していた。
誰かの発言を引用するときにのみテロリストと呼ばれる組織といった表現を使う方針だそうだ。
英与野党はこの方針について賛否さまざまなようだけど公共放送という立場上「テロリストと呼ぶ事は他方に肩入れすること」という姿勢を貫いている。

以下ソトン秋元さんのツイート:

“大手通信社AFP、ハマスを「テロリスト」と呼ばない編集方針を重ねて表明。AFPはその理由を詳しく述べている(フランス語)。ちなみに、ソトン通信でも、ハマスをテロリストとは呼びません。「イスラム慈善団体」「イスラム組織」「パレスチナ武装組織」「パレスチナ抵抗組織」など色々な表現を使います”

https://x.com/akimotothn/status/1718321297179193374?s=46&t=ohULUKF2vxPWOI6SEtklEQ

New York Times に課金するときに、どんなだったか忘れたけど「メディアの独立性を維持するために課金して」みたいなこと書いてあって、ああそれはそうだよな〜ってなった。Artforum がまさに悪い例で、やはり広告主からの苦情で編集長を降ろしたらしいので、無料で読めるかわりに広告がある、というモデルは言論を抑圧して歪ませる。

主体性を持って行動したら全ての業務を理解してしまった…もうこれ主体性じゃなくて集大成や…

もっと〈主体性〉をもって上司を喜ばせてほしい。

ちゃんと読んでないけど自分なりに調べて質問したりするとなんか上司が喜んで教えてくれる

企業が求める〈主体性〉とは何ですか

w3m ではダメだった(?)

New York Times の記事読むために一応サブスクとったけど、 curl で html をダウンロードしてしまえば読めてしまうんだよな

一般市民たちがパレスチナ人を標的にして殴る蹴るの暴行を働いていたり、パレスチナ学生寮を大勢が襲っているのを見ると、16世紀宗教戦争や関東大震災の朝鮮人大量虐殺はこうだったのかと歴史のプリズムを逆さにして見ているかのように思う。無数の戦争や植民地支配の記憶がつねに思い起こさせられる。

そうした暴力はそれをありのままに記録しなければならないと信じた人びとの意思と力によって、後代に伝承されてきた。他方で、歴史の経験に学ぶことの著しい困難も同様に認めねばならない。何ができるか?自覚と意識を持って、みずから記録の伝承に加わることは、できることのひとつではないだろうか。

マルク・ブロック「現在について考えることなくして過去を理解するのは不可能である」「過去が現在全体を支配しているというのではない。しかし過去なしには現在は理解できないのだ」(『奇妙な敗北』)

ガザは実験場だという話、たぶんこれかな
「エルビット・システムズ(英: Elbit Systems ヘブライ語: אלביט מערכות‎)は、イスラエルに本拠を置く、軍事用エレクトロニクスを開発している企業。同社は世界各国で行われている国主導の各種プログラムに幅広く参加している。」
エルビット・システムズ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%82%BA

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