千葉成夫の『現代美術逸脱史』が1986年、北澤憲昭の『眼の神殿』が1989年、両書の関係は、日本における「美術」という概念を巡ってちょうど裏表の関係にあるように見える。というか北澤が千葉の「美術」概念を批判するために書いているように見える。
映画「沈黙」を観ていたが、江戸初期キリスト教の根を断つ為に司祭を棄教させて日本に同化させるやり方をしているんだけれど、この日本の文化と宗教を押し付けて日本人にさせるという実に嫌らしいやり口は大日本帝国でも継承されてきたと思われる。この同化政策で深刻な精神的苦痛を強いられたアジア諸国は本当に嫌な気分だったろう。
温マさんのブログ、すげーまじめに書くんですが、前半は、2x2という式は「わかる(=具体的なイメージに変換できる)」が、10x0.3は「わからない(=イメージ変換できない)」、という話をしている。式がやっていることを具体的な操作に変換することができることが「わかる」ことの条件になっている。
後半に「有用な掛け算の定義」という概念がでてきて、「ある数字に対して、入力した数字分だけ倍にする機械」があり、それが具体的にどんな操作をしているかは知らないがそういう機械があるということにした、それが「倍する」という語の定義だ、で説明してしまってないですか。
つまり、前後半でゴールポストが動いているように見えました。
https://on1000mark.club/2023/10/02/411/
後半に「有用な掛け算の定義」という概念がでてきて、「ある数字に対して、入力した数字分だけ倍にする機械」があり、それが具体的にどんな操作をしているかは知らないがそういう機械があるということにした、それが「倍する」という語の定義だ、で説明してしまってないですか。
つまり、前後半でゴールポストが動いているように見えました。
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