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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

あと、「風景論以降」を見て、数年前にステーションギャラリーでやってた「ディスカバー、ディスカバージャパン 遠くへ行きたい」展と繋げて考えるとおもしろいだろうなとおもったけど、図録を買っていないのであった(図録が高い...)。

「風景論以降」で今井祝雄の信号を撮影した映像がおもしろかったんだけど、「信号を待つ」映像を立ってじっと見るしかないのだが、「信号を待つ」ことも「美術館で立って映像を見る」ことも、すでに空間を規制する制度を内面化している。そのうえ信号が青になってみても、わたしたちは向こうに渡ることができない(=イメージから疎外されている)。

この信号の映像について話していて、ランニングしていたときに歩道ではなく車道の端を走っていたら後ろから来た自転車に「歩道走れよばかやろー」とか言われてむかついたことをおもいだした。「道」は「歩道」や「車道」に分割されているが、いったいなにによって分割されるのだろうか。法の定めもあるわけだが、人工物のデザインによって、法の内面化が進行する。路側帯なんてものがない道なんていまだにいくらでもある。空間に対する内面化された規制は、倫理として受けとられる。

これはたしかに風景論以降だ
https://www.elabo-mag.com/article/20210514-03
現代で風景論を考えるとしたら、デモとストリートだとおもう

高島鈴さんの『景観を穿つ』はwebで読める https://www.elabo-mag.com/article/20210514-03

松田の論じる旅は故郷喪失者の旅で、この旅において旅人はつねに均質な「風景」に疎外される。旅人はどこにも居着くことができなくて、最終的に風景を切り裂くために銃弾を発する。この居場所のない主体が、松田にとってはあらたな革命の主体として把握されている。

あと松田政男の本でイージーライダーもアメリカにおける風景映画だと論じていたところは興味深かった。あれもアメリカの「風景」から疎外されて旅をする映画だと言われれば、なんか納得はできる。

柄谷のばあいは、主体の確立が風景を産出していると論じるけど、松田は逆に生産された風景に疎外される主体(永山則夫など)を論じている。これは単純に社会運動的な背景の後退を読むことはできるけど、柄谷が意図的だとすると、柄谷は社会運動の基礎をどこに置くつもりなのさというのは思う。

あとは柄谷行人の「風景の発見」での、制度化された文学によって主体が確立されると同時に「風景」が確立されたという議論も、なんかアクロバティックな操作をしたら接続できそうな気はする。

松田政男読んだけど、松田の語る「風景」は、映画(メディア)によって産出される風景なのか、都市化による均質化された風景なのかがあいまいなところがネックだとおもう。両方重要だけど。中平が松田の議論をひきとって、メディアによって産出される「風景」の批判をしているのはかなり重要で、 provoke のアレブレボケみたいなスタイルがディスカバージャパンに流用されたことも含め、メディア論的な問題として理解・批判していくのが筋ではないかとおもう。

風景論、すごく刺激的な一方で、ここで対象化されている「風景」とは果たして何なのか、そのようにある種の実体化をしていい概念なのか、むずいなと思う。映画や写真といったメディアと結びついた議論であることを前提としているからなおのこと厄介というか。風景というのがイメージの問題なのか都市や自然の問題なのか……。風景に埋め込まれた不可視の権力、みたいな発想でいうとシチュアシオニストや都市論・空間論の流れ、ゴードン・マッタ=クラークやらダン・グレアムなんかを突き合わせて考えたくなるものだが果たして……。松田政男や中平卓馬をちゃんと読んだほうがいいのか。

樋口一葉旧居跡のすぐ近くにある、百年ものの木造住宅(二枚目の写真の左の建物)は、「一葉ハウス」という賃貸物件だということを今日知って驚愕した。
てっきり、文化財か何かかと思っていた…1921年に建てられたらしい。

マティスのシンポジウム、マティス展よりおもしろかったな

特にここでは歴程美術協会の作品が重要。今回は山岡や山崎のほか、船田玉樹や八木虚平(のちの八木一夫である)らの作品が出ていました。歴程美術協会については、2010年に「日本画の前衛」展であらかた紹介されており、してみると今回は同展のダイジェストというかリターンマッチといった趣もあったわけですが、個人的には当時同展で接して呆然とした作品に、今回もやっぱり呆然としたのでした。例えば山崎の《戦地の印象》は、自身が出征した中国の情景を巨大な屏風画として描いたものですが、戦地感のまったくない茫洋とした大地の風景には圧倒されることしきり。あるいは同じく山崎の《歴史》は石仏でも掘られてそうな中国の岩山でナチがニュルンベルク党大会を開いたようなヴィジュアルという、今から見てもトンチキ度高い作品でして、逆に総力戦体制下における想像力/妄想力のありようを示すものとなっています(山崎にはほかに《神話》という、これまたトンチキパワーにあふれた作品がありますが、今回は未出展)。

見にいきてぇ

京都国立近代美術館。走泥社展を見た後、常設展フロアにもフラッと入りましたが、「歴程美術協会からパンリアル、そしてパンリアル美術協会へ」というコーナーがあってテンション爆上がり。

1938年、日中戦争のさなかに結成された歴程美術協会は、前衛志向の日本画家を中心に周辺分野も巻き込みつつも、戦争の激化にともなって1943年に諸団体と統合されて姿を消してしまいますが、その中心メンバーであった山崎隆(1916〜2004)が三上誠(1919〜72)や下村良之介(1923〜98)とともに戦後結成したのがパンリアルであり、さらに翌年パンリアル美術協会にリニューアルする(同協会は上記のメンバーが全員亡くなった後も2020年まで続いた)──という一連の流れを、山崎や歴程美術協会創設メンバーの山岡良文(1911〜70)の作品を軸に回顧していくというものでした。

https://www.momak.go.jp/Japanese/collectiongalleryarchive/2023/collectiongallery2023no02.html

【レビュー】「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」京都国立近代美術館で9月24日まで 岐阜県美術館などへ巡回 https://artexhibition.jp/topics/news/20230809-AEJ1518406/

京都国立近代美術館で明日まで開催の「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」展、当方も会期末に近い20日にようやく見てきました。八木一夫(1918〜79)や鈴木治(1926〜2001)らを中心メンバーとして1948年に結成され1998年まで続いた走泥社ですが、この展覧会ではその前半、結成から1973年あたりまでを振り返るものとなっています。「振り返る」といっても、単に当時の八木や鈴木たちの作品を並べて良しとしているわけではなく、同時期にやはり京都で活動していたもうひとつの前衛陶芸団体「四耕会」(1947〜56)同人の作品や、彫刻の側から前衛陶芸に近い作品を作り続けた辻晉堂(1910〜81)の作品、さらには八木たちに大きなカルチャーショックを与えたピカソやイサム・ノグチの陶作品も並べることで、「前衛陶芸」が可能になった時代精神をも視野に入れようとしていたと言えるでしょう。

セザンヌの「彩られた感覚」と「彩る感覚」は、「視覚を造形的な諸要素に変換する作業」として絵画を位置付けているけど、マティスには「彩る感覚」はあっても「彩られ感覚」がないのでは?みたいなのはわかるな。セザンヌには自然と絵画は並行するふたつの調和で、ふたつのシステムはアナロジカルな関係にあったとおもわれるけど、マティスではすでに自然と絵画のアナロジーが崩れているとおもう。

関直子さんの、マティスの部屋のコーナーへの着目おもしろい。

マティスをデザイン史に位置付けて語るのは可能性あるけど、であればもうちょっと基本的な話をですね...。

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