pleroma.tenjuu.net

tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

日本の脳科学者にとってはモーツァルトもビートルズもボブ・マーリーも同じように「ほんもの」で教養だけど、ジャマイカの人にとってボブ・マーリーこそが「ほんもの」で、ほかはリアリティに圧倒的な濃度の違いがある(「ジャマイカの人」とか十把一絡げに言えないけど)

芸術的な経験のもたらすリアリティって社会的に形成されますよね

南米の労働者が万感の思いをもってボブ・マーリーを聴くことと、日本の脳科学者がボブ・マーリーを聴いてほんものとか教養とかいうことの間に、経験の共通性はあるんだろうか

ほんものの温泉マーク

クオリアから対象の真偽性を判定するための装置が、茂木にとってのアウラですね。

クオリアって脳のなかに発生すると仮定されるものなのにそれを対象に宿るものだというのやっぱりすごい。

生演奏という用語について、再生産されたものではない演奏を記述するための「生」は再生産が行なわれるようになった後に使われるようになった。とジョナサン・スターンが言ってた

哲学的ゾンビの鑑賞体験はちょっとおもしろい話題な気がする

彼はどうみてもベンヤミンの「アウラ」を読み間違えているんだけど、クオリアという私秘的な場に囲い込んでいる。こういうことやると「私がほんものと言うからほんもの」にしかならない。こういう私秘性は真贋判定の権威としてしか機能していなくて、小林秀雄の骨董みたいなものになっている(小林秀雄のほうがぜんぜんマシだけど)。

「アート作品は、それを目の前にして経験しないと、本質的なことは何も言えない。クオリア、あるいはベンヤミンの言う「アウラ」は、実物でないとわからない」とか。そもそも実物と複製の区別をもとに経験の違いを仮定することこそ、アウラ喪失後に発生した事態ですよね。
https://twitter.com/search?q=from%3Akenichiromogi%20%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%A9&src=typed_query

グリーンバーグはにとって、キッチュは大衆時代の芸術の代替物でファシズムの道具だが、アヴァンギャルドはボヘミアンなユートピアだったけど、茂木健一郎はこの図式を反復しているとおもった。

真正性と偽物性、「アヴァンギャルドとキッチュ」(クレメント・グリーンバーグ)をおもいだしてました

アルフレッド・バーJrのあれじゃん

しばらく前に『在日朝鮮人ってどんなひと?』がTLでおすすめされていたのを買って放置していたましたが、昨日から読みはじめました。
https://www.heibonsha.co.jp/book/b162734.html

先日、大学の学部生と軽く話す機会があり、「中学から高校にかけてTwitterが全盛だった、東日本大震災のときは小学生だったからTwitterはやっていなかった」という話だった。Twitter、思っているよりずっとたくさん中学生とかがいたんだろうな。

ハラウェイの「サイボーグ宣言」、難解な文章だけど、ジェイムズ・クリフォードの『文化の窮状』とかなり響く内容だった。

こちらの @tsysoba さんが引用されている記事、読めて良かった。「後半の議論も超絶に重要では」(氏のtootより引用)まさにまさに。

「AIと白人至上主義」(ロバート・カッツ著、左右社)に社会学者の下地ローレンス吉孝が解説を寄せていること、
「プラットフォーム資本主義を解読する」(詳細はプロフィール固定参照、ナカニシヤ出版)にケイン樹里安さんが編著で参加していること、
この辺とも繋がっていて、"人種資本主義(レイシャルキャピタリズム)"が強く反映されることに警鐘を鳴らす人は日本の研究者にもいることはもっと知られてほしいし、日本はまるごと下位に置かれて搾取される側であるという危機感を持って欲しいと思う。

しかし、テックオリガルヒって怖い言葉〜。的を得すぎ。
QT: https://toot.blue/@tsysoba/111049077306132004
[参照]

先鋭化する大富豪の白人男性たち、警告する女性たち – WirelessWire News https://wirelesswire.jp/2023/09/85276/

テックブロ、テックオリガルヒとも称される、巨大テック企業を経営する億万長者たちが、常識に反する逆張りで儲けた成功体験から陰謀論に染まり、様々な社会システムを解体しつつ、それによりまた巨大テック企業の影響力が強化されていく危険な現状について、批判する論者の論考を参照しつつ語っていて、刺激的で示唆的。
技術と社会の関係について関心のある向きには、必読ものかと。

AIによって人類は滅びる的な話に一足飛びに行ってしまうことが、差別などのバイアスがAIに組み込まれてしまう倫理的問題をかえって隠蔽してしまう、という後半の議論も超絶に重要では。

晩ご飯たべたあとだと、ぜんぜん本が読めない

»