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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

そういう意味では文脈とか状態が可視化されてればいいわけですよね(考え中

モードってそもそも隠れた内部状態があって、その内部状態によっておなじ操作UIで操作の意味が違うってやつだから、だいたい誤操作のもと

えっExcelふんいきで試行錯誤しません?

潜水艦みたいな話な気はしていて、潜水艦のレーダーは航行のために必要な情報だから進む方向を決めるとかそういう操作がある。行動に必要な操作がいくつかあり、その操作のために必要な情報が提示されている。操作に応じて提示される情報が適切に変化する。
みたいなのは、ゲーム的かもしれない(サイバネティクスという言葉があるけど)。

自分がいま考えてるのは、というか欲しいものはゲーミフィケーションそのものではないんだけど、学習とフローみたいな意味ではゲームっぽくなってもいいかなくらいというか(曖昧

vim の Git プラグインのコマンド、 G blame しか覚えてない

操作が多様だから言葉を利用していく(コマンドを利用する)のってUI上の良い解決ではないので、そもそもの操作可能な選択肢を減らしていく必要がやっぱりある。

シェルのコマンドも覚えてなくてWebで検索してしまうことがしばしばある

起動したいアプリの名前がわからなくて Alfred で a から順に入力することがある...

業務用ソフトウェアのUIって結局、ボタンを減らしたらやれることが減っちゃうというのが問題でだからメニューバーやリボンにゴテゴテついてるわけです。
ここは一個革命のようなことは起きてて、最近はコマンド検索が使えるツールが多い。ユーザはコマンド検索だけショートカットで出して選べば任意の操作ができちゃうので、「ボタンが減らせる」んですよ。

UIデザインの諸問題、けっきょく情報の開示と操作の提示の組み合わせに尽きるという気がする。操作によって可視的な情報に変化がおき、情報をもとに操作を決定する。

マノヴィッチが「ニューメディアの言語」で現実を排除したヴァーチャルな画面について強調してしまっているけど、ゲームについてはそういう(現実と無関係な意味での)仮想的な空間という言いかたはあっている。
けど、エンゲルバートの構想にとって重要だったのは潜水艦のレーダーとかで、これは外界と認知主体を繋ぐためのインターフェースだったわけで、業務アプリやらなにやらのほとんどは、現実を知覚するためのさまざまなビューを必要としている。

ゲームと実用的なソフトウェアのUIのノリの違いみたいなものについて考えてる

操作可能な選択肢が多いとじっくり考える系のゲームになりそう。将棋とかはまさにそれだけど。

ビデオゲームとゲームパッド🎮的なものの相性が良いのはなんでなんだろうな

ゲームパッドとかジョイコン的なもの、ファミコンの時代に比べて複雑化してるとはいえフルキーボードや複雑な各種専門端末に比べボタンの数はとても少ない傾向にある

ニューメディアの言語、画面とか画像とかの話にたいしてはいろいろ言いたいことがおおいな...。やっぱりこれは一人で読むより、複数人でツッコミながら読むのがよさそうな本だ。

そろそろ外交戦のために我が代表が堂々と退場しそうだ

記事をよく読んだら"外交戦"と言っているのは政府関係者ではなくNHKの記者だった。盛り上げるために、こういう言葉を使う罪深さ。太平洋戦争で報道が戦争に加担したことを全く反省してない。

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