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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/101604.html

もしかして中国との「外交戦」に勝つために放出してしまった?
放出をやめたら中国に負けたことになるから?

この記者ども、ドラマ仕立てで嬉しそうに書いているが、こいつらも政府と一体になって今回の間違った、約束違反の暴挙の責任がある。「外交戦」なんてものは外交でも何でもない。最低の愚行だ。

村上浩康の その一本に魅せられて 第四回「エルミタージュ幻想」|土田有紀恵(おっとり工房)
https://note.com/tsuchinoko/n/nb7d18a1b25b4

「生成AIを使った神武天皇“新”証言」

ウィンドウのなかには情報が埋まっているわけではないけど、ページのなかには情報が埋めこまれている

書物と映画がそれぞれページとウィンドウというメタファーとしてコンピュータのデザインに取り込まれているというマノヴィッチの話、ページはサーバー側にその区切りの根拠があってユーザー側で変更効かないけどウィンドウはそうではないとか、そんなことを考えた。
そういえばJavaScriptにもdocumentとwindowがあるのだった。

野球とかサッカーの中継見ると、ここ数年でゲーム的なデザインが流入してきてるよね

メディアとしてのコンピュータの特性の議論ってコンピュータゲームの発達抜きには無理があるな

人類学や美術史が「民族の本性」を語るのは、対象を固定し操作可能にするための装置だから。

大谷さん、今季だけではなく投手生命そのものがどうかって話なのか...

出生時に身体で性別を決定すること自体が「当たり前」と思われているが文化的に構築されたイデオロギーであり、権力作用の発生源なわけですよね。

そしてこのことと、医学的な知見や身体の条件性を否定することは違う。

つまり二つは両立するのだけれど、後者を否定しているように見えてしまう。前者を否定してるのに後者を否定してるように見えてしまうこと自体が、前者のイデオロギーが「成功」し、権力作用が働いてるからなんだけど。

お、 が Web からも使えるようになったんだ tony_normal
対応も心待ちにしてるよ…mastodon_mascot activitypub

そもそも五姓田芳柳の「絵」から、現実的な教訓を得ようっていうのが、なんなのか

五姓田芳柳(二代目)の絵がどのような意図で描かれ、どのような歴史的意義があるかなど、資料の批判をつうじて明らかにしていこう!とはならないのが、いまっぽい話なのか(?)

「本プロジェクトは、当支部エントランスの壁に飾ってある、約100年前に描かれた関東大震災に関する1枚の絵画を起点に始まりました。100年という歳月によって震災当時の記憶も薄れ、描かれた当時の様子も絵画だけでは伝わり難くなってきております。AIという新しい技術のサポートを得ることで、描かれている当時の状況やそこから見出せる教訓等を想像しやすくなるのではないかという想いから、企画いたしました。」

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2308/24/news187.html

誤解を招いたとのテンプレコメント。歴史の捏造になると、ブレーキかけるひとが内部にいなかったのか。人文的素養大事>AIで関東大震災の「“新”証言」生成する日赤のプロジェクトが取りやめに 「証言ではなくフィクション」と物議(1/2 ページ) - ねとらぼ https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2308/24/news187.html

もう芸術なんて誰も興味もってない

これがわりと自分の感想というか読み方に近い。戦争をどう描くか(または描けないか)はここ数年宮崎駿の頭から離れなかったと思うし。

宮﨑駿監督作『君たちはどう生きるか』と日本の近代:悪意に満ちた「石」とその桎梏|髙橋優 @iovistakahasius #note #映画感想文 https://note.com/iovis_takahasius/n/n13d02398aa6d

note は暇空が記事売るためのプラットフォームであることはやめないんだろうな

オートリ―・タンの固定ツイートのこれ、まさにこれ:

「internet of thing(モノのインターネット)」より「internet of beings(みんなのインターネット)」に変えていこう

「virtual reality(仮想現実)」より「shared reality(現実の共有)」を目指そう

「machine learning(機械学習)」じゃなく「collaborative learning(協調学習)」を頑張ろう

「user experience(ユーザーエクスペリエンス)」なんて言わずに「human experience(ヒューマンエクスペリエンス)」と呼べるようにしよう

「the singularity is near(シンギュラリティは近い)」もそうかもしれないけど「the plurality is here(すでにあるいろいろ)」を忘れないようにしよう

※意訳

読書会で「ここどうなん?」みたいなのチマチマやるのにちょうど良さそうなテキストだ

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