あと、絵画の購入のセンスはかなりいいんだけど、バウハウスや具体など、より広がりがあるはずのトピックも絵画という側面からしかまったく扱われず、誤解を助長してしまうなーとおもった。それで、最後に現代において抽象絵画をやっている作家の紹介も画家しか紹介されていなくて、なぜそんなに絵画に閉じ込めようとするのかわからない...。
抽象の流れ、たとえばデ・ステイルとかも建築やデザインに広がっているし、現代のデザインの主流がそこから来てるわけで、「抽象」という特集をして絵画に寄りすぎていてるの、疲れてしまった。
抽象の流れ、たとえばデ・ステイルとかも建築やデザインに広がっているし、現代のデザインの主流がそこから来てるわけで、「抽象」という特集をして絵画に寄りすぎていてるの、疲れてしまった。
アーティゾン美術館の抽象のやつ見てきたけど、ボリュームありすぎて疲れた...。新収蔵品にめちゃくちゃいい絵を購入しまくっていて、予算あるんだなってなった。
あと、ザオ・ウーキーたくさん出てると萎える。良かったり良くなかったりした印象が、全部「ザオ・ウーキーはつまらない」しかなくなってしまった。
あと、ザオ・ウーキーたくさん出てると萎える。良かったり良くなかったりした印象が、全部「ザオ・ウーキーはつまらない」しかなくなってしまった。
女性同性愛の美術をプロテストとして読み解いていく全2回の記事の前編が公開されました。
前編では世紀転換期の美術史上の作品たちがいかに同性愛を透明化しようとする困難に挑戦しどう抵抗し、そしてなぜそれが在るのに無いとされてきたのかを作家別に扱っています。
後日公開の後編では現代の作家たちの中にこれらの問題意識が、どのように変化していったのか、どのように残っているのかを考えながら、プライドとプロテストについて考えていきます。
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/female-homosexuality-in-art-202306
じわじわと変な後味を残すショートショートみたいな話。なんだこりゃ。。
「1937年パリ国際博覧会をめぐるフランスの文化行政」(大久保恭子)を読んでいるけど、万博で「フランス美術の傑作展」(傑作展)、万博の一環として「独立派芸術の巨匠たち 1895〜1937」(巨匠展)、それとほぼ同じ時期に若干独立して開催された「国際独立派芸術の諸起源と展開展」(諸起源展)、この3つの展覧会について論じられている。傑作展がセザンヌまでのフランス美術史、巨匠展がマティスやピカソらのモダニズム、諸起源展がモダニズムのソースとなったもので(アフリカ・オセアニア芸術を含んでいる)、これらに隠れたキュレーション意図を大久保は論じている。
この関連は、自分のおもうところでは、大東亜共栄圏が抱えていたのとおそらくほぼ同じ構造で、ナショナリズムの喚起と植民地支配の肯定という意図がよく見える。
この関連は、自分のおもうところでは、大東亜共栄圏が抱えていたのとおそらくほぼ同じ構造で、ナショナリズムの喚起と植民地支配の肯定という意図がよく見える。
フランス近代芸術の語りについて、それがいかに帝国主義と絡んでいるのか(あるいはいないのか)はかなり入り組んだ問題なはずで、ニューアートヒストリーが紹介されていた時期にまるで語られつくしたかのように言っている人たちがいたのは、ほんとうに心外だったな...。
わかりやすいポイント(ゴーギャンの振る舞いとか)以外は、まだ見通しをたてている段階なのが現状なんじゃないかという気がする。
わかりやすいポイント(ゴーギャンの振る舞いとか)以外は、まだ見通しをたてている段階なのが現状なんじゃないかという気がする。
大久保恭子編『戦争と文化 第二次世界大戦期のフランスをめぐる芸術の諸相』読みはじめた。
冒頭から、第二次大戦期の研究としては、亡命した芸術家の作品研究に比してフランスに残った芸術家の研究はまだ端緒についたばかりだという話で、ええっそうなのかってなった(疑っているという意味ではなく)。
総力戦体制という状況においての文化のありかたって日本ではけっこう重要な問題だけど、フランスではやはりそう扱われてこなかったのかな。なんとなくそうな気はしていたけど...。
https://amzn.asia/d/bIA1fM4
冒頭から、第二次大戦期の研究としては、亡命した芸術家の作品研究に比してフランスに残った芸術家の研究はまだ端緒についたばかりだという話で、ええっそうなのかってなった(疑っているという意味ではなく)。
総力戦体制という状況においての文化のありかたって日本ではけっこう重要な問題だけど、フランスではやはりそう扱われてこなかったのかな。なんとなくそうな気はしていたけど...。
https://amzn.asia/d/bIA1fM4