たぶん、イヤミを言っている人が、自分の影響力を自覚しているように見えるからかな。対象となる投稿の影響力を削ぐ形でイヤミを言おうとする。
こっちではフォロワーが多くても個人の影響力がかなり弱いから、あーこの人自分のこと嫌いなんだろうなくらいしかない。
こっちではフォロワーが多くても個人の影響力がかなり弱いから、あーこの人自分のこと嫌いなんだろうなくらいしかない。
こっち側だと、投稿が拡散されても気にならないのはなんだろうな。自分の投稿がブーストされて、その先を見にいったときにイヤミを言われていても、そっかーという気持ちにはなるが、まああまり気にならない。
twitter ではちょっと投稿が拡散されると不快になることが多い。
twitter ではちょっと投稿が拡散されると不快になることが多い。
「ユーザーファースト」と「インクルーシブデザイン」を並列して「美しい概念」と言ってしまっているの、すごく邪悪だなとおもいました。それらよりビジネス都合は優先されるし、排除は企業の経済的都合によって合理化される。
金にならないからある種のユーザーのことは切り捨ててオッケーですって言ってるだけでしょこの記事は。そういう事情がある場合なんていくらでも知っているけど、あえてそう言語化してしまう下品さにはほんとうに辟易する。
まえからおもってたけど、この人の記事はほんとに有害なんだよな。
ビジネスやマーケティング(つまり商売)には付き物の、一部のユーザーをバッサリ切り捨てる最大公約数思考、商売として不可避な清濁併せ飲む現実に対して、ユーザーファーストやインクルーシブデザインなどの「美しい概念」を錦の御旗とし、経営者やマーケターに対して批判的・攻撃的なポジションを取りたがる人もいる。 https://baigie.me/nippo/2023/05/23/non-business-designer/
仕事してれば売れる必要があることなんて当然わかってるわけで、そんなの知らんでデザインがどうこうとか言ってるやつがおるんなら経営状況知らせればいいだけのことでしょ。「インクルーシブでないデザインはビジネス上の都合でそうなっています」っていう言説がまかりとおるならデザインなんていらんよ。
ジェイムズ・クリフォード「文化の窮状」を考えごとしながら読んでるけど、以下のようなことを考えた。
マーケ界隈で「ユーザーのインサイト」という言葉は、insight は洞察の意味なので観察者側に属するものにもかかわらず、あたかもユーザーの中に内在する潜在的ニーズを表すものとして言われている。
これは、ユーザー(この概念の使用も留保すべきだけど)の内部に(固定的な)欲求なるものが存在し、その欲求が充足されないような諸コンテキストを用意する、という操作によって、「需要」の存在を客観的なものとして扱えるように諸関係をモデル化し、観察者側の「インサイト」がまるで客体側に属するなにかしらのモノであるかのような語りになっている。
UXと人類学の接近みたいな話はこのへんから考える必要があるよなぁとおもいながら読んでいる。
マーケ界隈で「ユーザーのインサイト」という言葉は、insight は洞察の意味なので観察者側に属するものにもかかわらず、あたかもユーザーの中に内在する潜在的ニーズを表すものとして言われている。
これは、ユーザー(この概念の使用も留保すべきだけど)の内部に(固定的な)欲求なるものが存在し、その欲求が充足されないような諸コンテキストを用意する、という操作によって、「需要」の存在を客観的なものとして扱えるように諸関係をモデル化し、観察者側の「インサイト」がまるで客体側に属するなにかしらのモノであるかのような語りになっている。
UXと人類学の接近みたいな話はこのへんから考える必要があるよなぁとおもいながら読んでいる。
「音楽とテクノロジーをいかに語るか?」の通販ページつくりました。いろいろありまして若干高めの送料で失礼しております。。。 https://imdkm.booth.pm/items/4798407