https://www.momat.go.jp/collection/o00564
https://humanities.connpass.com/event/282740/
ネット慣れしてない集団ほどよくある「Slackは使いにくい」という意見をヒアリングしてみると、その論拠がだいたい「Slackでいちいち報告を書くのが面倒くさい」というやつだったりする。で、よくよく聞いてるとメッセンジャーとかLINEとかでやりとりしながら進めてて、最後に決定事項のまとめをSlackで報告しようとしている。
「それはそうでしょ?面倒でしょ?だからLINEとかメッセンジャーでやってる細かなやりとりからすべてSlackですすめればいいんですよ。そしたらまとめ直す必要なんかない。なんで別のところで決めてからSlackにまとめを書こうとするの?」と言うんだけどなぜか通じない。「過程を可視化しない」という点に謎のこだわるを感じている人が多いらしい。
https://twitter.com/club_are/status/1657343040015724544
これはつまり、トランスジェンダーに対して今なお医療モデルによる包摂のみを認めるという立場があり、そしてそういう人々は障害を連想させる言葉(ある種の人にとって「性同一性」という言葉は「性同一性障害」という言葉を連想させる)に、医療モデルへの展開を読み取っているということとも言える。
私が社会モデルだから障害という言葉を使っていいみたいな言説にかなり危機感を覚えるのはこのあたりの感覚の蔓延りを見てるから。。。
「性自認」はダメだが「性同一性」は「医学的」なのでいいみたいな人を踏み躙りたいだけの意味不明な議論がどこかでされているのを薄目で見ると、そこには障害と医療をめぐるすごく大きな問題が潜んでる感じもする。あと性同一性という言葉も差別的な語としての意味を強く帯び始めていく感じもあってそれが辛い。トランスジェンダーに関する色々な言葉が奪われていっている。