天重さんのトゥートを見て思うのは、彼が首を捻っている珍反応は、おそらく美術関係者の「知的」な限界というよりは、美術行政・美術館運営・制度 と 美術史見直しの知 の間の架橋・実践の蓄積の乏しさの問題かなと思った。
後者の知が無いわけではない、だから関係者や美術批評家は妙に「すでに知っている」反応をしそうになる、しかし、それを実際に企画や制度的な取り組みの上で組み込んできたんですか、というところの知や認識で落差が出る。
そんなところかなと。
造形把握と批評理論と左派的視座を備えるプレイヤー、というだけでも日本ではかなり数が限られてしまい、左派政治主義はしばしば造形や批評言語が欠落していたり、その逆、というふうになりがちだった。
そこで日本にちょうど欠けているが面白いのがベンジャミン・H・D・ブクロー。日本語だとリヒター解説者のように思われがちだが、ART SINCE 1900の項目では時折光る記事を残している。アルテポーヴェラの解説なんかがわりと良かった。
まあART SINCE 1900は「自覚せるアメリカ中心主義」なので、東アジアと植民地主義的帝国主義の直接の示唆にはならないが。
https://pleroma.tenjuu.net/notice/AVNIuHwXKy9ai0FXrU
国策として、西洋美術のジャポニスムを日本すごいクールジャパン政策の一環に取り入れることをやってきているので、西洋美術の植民地性を批判できない、というのがあるのだろうと思ってる……。そこを批判するとその文化政策が破綻するので。
「ジャポニスムを考える―日本文化表象をめぐる他者と自己」とかはそういうことを批判的に考えるために刊行されたんだろうなぁ、という感じが。西洋美術館の館長だった馬渕明子さんによる政策としてのジャポニスム批判は色々考えさせられる内容。
Write 'n' Fight (AVOS', 2022)は文豪で戦う格闘技ゲーム。
「文豪同士が自分の小説に関係する技とか使って格ゲーしたら面白いよね」と、思いつくところまではよいとして、これを一発ネタのコントなり漫画なりにするならまだしも(いや、それも作るのは大変なわけですが)、実際に動くゲームをつくるとなると話はまた別で、ゲームの仕組みやらグラフィックやら音やらのデータ作成と、短くはないコードを書く必要があるわけで、そのためには「こんなのがあったら面白いよね」という着想だけではないなにかも必要なはず。
いろいろな問題(バグ)を乗り越えて、ようやく動くようになったみたいなので、出来映えはともかくとして、その心意気にお金を払いたい。
ユーザーレビューも心なしか「ヤバい」といいながら暖かく見守る感じのものがちらほら。
かつて「モンティ・パイソン」のWindows用ゲームにそれなりの金額を払って遊んだ者としては、たいていのゲームに広い心で接する自信があるのよ。
もちろんそうじゃない人がたくさんいるのは知っているけど、そういう人が悪い意味で目立つ。