五一五事件、政党政治にたいする憎しみというか、政党政治は資本の傀儡だっていう認識のうえでおこなわれているとおもうけど、どっちかっていうと、表面に見える意思決定の背後に隠然たる権力がいるということへのフラストレーションなんだろうな。
五一五事件から気になって西園寺公望のWikipedia読んでたら、現代と政治の仕組みが違いすぎてびびる。元老。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%9C%92%E5%AF%BA%E5%85%AC%E6%9C%9B
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%9C%92%E5%AF%BA%E5%85%AC%E6%9C%9B
昭和維新的な思想が背後にあって、政党政治自体を打倒しようとしていたとかそういうことなのか?えっなんでそこよくわからん策謀するん?それやったら情勢わるくなる以外なくない?みたいなのが多くて、なんもわからんになる
十五年戦争小史を読みはじめたけど、関東軍の暴走まじで理由がわからん...
https://www.amazon.co.jp/dp/4480510060/
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"Technologies generate ideas as much as ideas generate technologies, but today technology has outpaced theory"
「技術がアイディアを産みだすのと同じようにアイディアも技術を産みだす。しかし、現代は技術が理論を凌駕してしまっている」
Antikythera. A program reorienting planeary computation as a philosophical, technological, and geopolitical force.
https://antikythera.cargo.site/admin
梅原の絵の隣に配置されていたのが香月泰男の「水鏡」だけど、これが1942年で、この絵には梅原の絵のような抜ける視線は一切ない。少年は水面を覗きこむが、彼が何を見ているかはこちらには見えない。この絵は、なにかを表象することをわざわざ拒絶している。梅原が、長安を表象でしかないものとして扱う一方で、香月は絵画がなにかを表象することを拒絶する。出兵する人間とそうでない人間で、見えているものがあまりに違いすぎる。
https://www.momat.go.jp/collection/o01054
https://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=5261&edaban=1
https://www.momat.go.jp/collection/o01054
https://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=5261&edaban=1
いろいろわからないことがありつつも、「近代の超克」含めて読んでよかった。今日(というか昨日)見てきた近美の常設展でも、戦前・戦中の言語を知ることでかなり見え方が変わった。
梅原龍三郎の長安街とか、ふつうにきれいな絵なんだけど、これは1940年の制作で、満州事変から数年たってなお日中の紛争状態はなにも解決していないなかで、ただきれいな風景として長安を描く、という無自覚さは、かなりいろいろなことを語っている。帝国主義の眼差しって、まあ支配者然とした振る舞いよりこういうところに現れる。
https://www.momat.go.jp/collection/o00564
梅原龍三郎の長安街とか、ふつうにきれいな絵なんだけど、これは1940年の制作で、満州事変から数年たってなお日中の紛争状態はなにも解決していないなかで、ただきれいな風景として長安を描く、という無自覚さは、かなりいろいろなことを語っている。帝国主義の眼差しって、まあ支配者然とした振る舞いよりこういうところに現れる。
https://www.momat.go.jp/collection/o00564
「世界史的立場と日本」読みおわった。現代の視点からすると圧倒的に空虚な座談会というより他ないけど、ここから重要な意味を取り出すのは現在の自分にはまだ難しい。成立の背景含めてさまざまなことを知る必要がある。
おもしろかったと言っていいのかわからないが、当時関東と関西の知識人では戦争と言論に関する温度差がかなりあり、著者の大島によると、京都学派の連中は戦争がマシになるように糞真面目に座談会などをしていたらしい。大島らは、関東に行った際に三木清の家を訪ね、三木は戦争の行方については完全に悲観的で、雑誌などに発表していた自身の原稿などいっさい信じてなかったということを知り、温度差に愕然としたと。その温度差はたしかにいろいろ読んでいて感じていたところだったのでやはりそうなんだな。
大島康正「大東亜戦争と京都学派」を読む。西田ら京都学派は海軍と繋がって陸軍の暴走を牽制する、もしくは始まってしまった戦争を望ましい方向(早期終戦)にもっていく、ということを背景に座談会を雑誌に出していたという話。テキスト読解難しい...。
近美の常設展見に行ってきて企画展は見てないけど、チケット売り場で隣のおじさんが「企画展は何やってるの?ああ、あの流行りの鮭?」って言ってた。流行りの鮭。
https://jmapps.ne.jp/geidai/det.html?data_id=4126
https://jmapps.ne.jp/geidai/det.html?data_id=4126