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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

おかけんのトークあるの知らんかった

インライン要素、ブロック要素という概念が残像として残っているのはわかるし、ぶっちゃけLivingStandardのモデル化は概念わかりづらすぎてインラインとブロックっていいたくなるのもわかるし、残像があるていどまで有意味に作用してしまうのもわからなくはない(この残像があるからCSSで display: block とかつくっているんだろうという気もする)。この残像を概念という語で呼ぶのはたんに議論を混乱させているだけっぽい(もと記事の書き手は残像ではなく実体だとおもっているんだろうけど)。

どういうロジックなのか理解ができない(先入観があるがゆえに?)
https://twitter.com/ktanaka/status/1640894004995956737

実態としての日中戦争は帝国主義であるにもかかわらず、英米への宣戦布告によって「反帝国主義」のストーリーが掲げられたとき、文学者や思想家たちはそのストーリーに、文明開化いらいの西洋文化消化の違和感を打ち砕くものを期待していた。こういうものは、いまも噴出しうるものとおもう。欧米へのコンプレックスと歪んだ自尊心の綱引きみたいなものは、いまでも無反省なまま存在するとおもっている。当時よりはましになっているというか、魔封波みたいなやつで封じこめられている。
https://pleroma.tenjuu.net/notice/AU53FLji17xmlX2Ray

竹内好による「近代の超克」論考(1959年)は、大東亜戦争をどう捉えていくか、そのなかで文學界の座談会「近代の超克」をどのように位置付けるのか、戦争と思想の関係の理解としてかなり考えさせる、というかいまでも重要で未解決の問題をそのまま指摘しており、自分たちがたんに忘れているだけなんだということをあらためて考えさせられている。
https://www.amazon.co.jp/dp/4572001235

戦争というか、その支那事変の目的も、後付けで大東亜共栄圏という概念が提示され、いやそれはたしかに満州の建国あたりからそのようなビジョンはあるていどあったものとはおもわれるが、しかし米国への宣戦布告によってようやく「反・欧米帝国主義」としての性格づけをおこなったわけで、「ヨーロッパによるアジアの植民地化からの解放が日中戦争なんだ」というストーリーがあとづけの合理化であることは疑う余地もない。あとから言い訳のように「思想」がつむぎだされて合理化されるらしい過程があるのも、似ている。

日中戦争、ズルズルと事実上の占拠みたいなことをしながら現地の抵抗にあい、結果的に泥沼にはまりこんでいきながら、明確な宣戦布告は数年経って英米に対しておこなう(1941年の真珠湾攻撃)という流れ、まじでいまの状況を想起させる...。宣戦布告をしてこなかったので「支那事変」なんて呼び方を閣議決定していたりとか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/日中戦争

@polidog どっか引っ越すんです?

尊皇攘夷は明治維新期のものだとおもっていたけど、この座談会のなかでは、反文明開化論として提示されていてびっくりする。これは現代的な問題でもあると感じる。

野球に詳しくは無いけど、すごくなんかいい話だった / ダルビッシュ有が考える、日本野球界の問題「時代遅れの人たちを一掃してからじゃないと、絶対に変わらない」 | REAL SPORTS【リアルスポーツ】( @realsportsjp ) - スポーツの“リアル“を伝えるオールスポーツメディア https://real-sports.jp/page/articles/266435682434548571?fbclid=IwAR3QRrAV8GSAlp5SuUPpZbiKRzAZpO-wYAUrjQOUHx2fdvbmsn4X77tuJPA

re: 「近代の超克」座談会の一部
「機械を自己のオルガン(器官)とするようなオルガニズム」って、サイバネティクスとか、マクルーハンによる「身体拡張としての技術」とかまで視野に入っている発言だといっていい。もちろん当時の下村寅太郎がそんなことを知るはずもないけど。

「近代の超克」座談会の一部

「近代の超克」座談会、やはり下村寅太郎だけめちゃくちゃ現代的というか、いまの視点からすると周囲の文学者連中がいかにも見えていないんだけど、これは戦争負けるよなぁ…みたいなことを思った。「近代の超克」が、魂にとっては機械文明が相手では不足がある、とかいうのは、思想とかそういうのしか見ていない。

河上 然し僕にいわせれば、機械文明というのは超克の対象になり得ない。精神が超克する対象に機械文明はない。精神にとっては機械は眼中にないですね。
小林 それは賛成だ。魂は機械が嫌いだから。嫌いだからそれを相手に戦いということはない。
河上 相手にとって不足なんだよ。
機械というのは家来だと思う。家来以上にしてはいかんと考える。
下村 それでは済まないと思う。機械も精神が作ったものである。機械を造った精神を問題にせねばならぬ。
小林 機械は精神が造ったけれども、精神は精神だ。
下村 機械を作った精神、その精神を問題にせねばならぬというのです。
小林 機械的精神というものはないですね。精神は機械を造ったかもしれんが、機械を造った精神は精神ですよ。それは芸術を作った精神と同じものである。
下村 機械を造った精神そのものの性格が問題ですよ。これは新しい精神の性格である。この精神は近代の我々の中に実際に事実として生きているから、それを単に嫌いというだけでは問題を避けているにすぎない。これは単に魂だとか、覚悟だけでは済まないと思う。そういう魂は謂わば古風な精神で、もちろんそのような精神は我々の底に必要であるが、しかし近代の超克という問題には機械を造った精神と同様にこのような単に古風な精神の超克も問題になるとおもう。前に「理性」も近代の理性は言葉を自己の表現とするようなロゴス的な理性ではなく、近代的な性格をもつと言いましたが、これはもっと一般的に言えば今の問題になるのですが、つまり「精神」や「魂」も近代的な変革を遂げていることです。今までは魂は肉体に対する霊魂だったが近代においては身体の性格が変わってきた。つまり肉体的な身体ではなく、謂わば機械を自己のオルガン(器官)とするようなオルガニズムが近代の身体です。古風な霊魂ではもはやこの新しい身体を支配することができない。新しい魂の性格が形成されねばならぬと思う。…

「ミーチャン、ハーチャン」って言葉が出てきて、意味は一目でわかってしまったけど、そんなのがもともとだったのか

【やじうまPC Watch】「仮想通貨は社会の何の役にも立たない」NVIDIAのCTOが発言 - PC Watch
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/yajiuma/1488601.html

「Cookieの同意」みたいなこと言いだしたGDPR、その精神はともかくとして内容はだめすぎる。Cookie同意バナー邪魔すぎるし、邪魔なバナーを消しただけでCookie利用に同意したとみなされる歪なテクノロジーが生成され、善意から邪悪がうまれている。

「動画は広告の後に再生されます」→「2本目の広告」は詐欺では?

なんで都のサイトからターゲティング広告に情報共有するん…。

当サイトでは、Googleなどの広告配信事業者の広告サービス(ディスプレイ広告/リマーケティング/リターゲティング機能)を活用し、過去に当サイトを訪問された方が特定のページを訪問した際にお知らせ(広告)を配信することがあります https://www.metro.tokyo.lg.jp/privatepolicy/index.html

わりとさむい

😨
>約2千人の職員がパソコンを使うために割り当てられたパスワードが、すべて同じだった
職員2千人のPWも使い回し サイバー攻撃被害の病院、NECが手順:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASR3W75PFR3VULZU004.html

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