出版というのは、よかれあしかれ検閲機能そのものだとおもうけど、それはそれで言語空間の秩序を維持するという機能があった(それにももちろんよしあしがある)。インターネット上の言語が純粋な無秩序というわけでもないだろうけど、どういうふうに秩序を獲得するのかよくわからない。それはインターネット上でどういう検閲が機能するかということなのかもしれないけど。
ん、publish って出版することじゃないの。public にするでも意味としてはあっているけど。近代社会のなかで publish するというのは、それにまつわるいろいろな社会組織が発展してきたけど(publisher っていうと出版社とか)、情報(という語で呼んでいいのかわからないが)が publish されるのはいくつもの手続きが必要とされていた。それがいまのインターネットになって「気軽に」 publish することができるようになると、たぶん publish という語の意味じたいが変わってしまっている。
@NaokiTsuchiya ですです。例えばリソースAが通常の記事で、更新日時をもとにetagを作るとして、そこに埋め込まれているリソースBが新着リストの場合、リソースAのライフサイクルのペースに対してリソースBはまあまあの早さで更新されるわけですが、リソースBのライフサイクルがリソースAのキャッシュの維持期間になる(リソースBが更新時にキャッシュ切れるとした場合)。これが複数のリストを埋め込むと、リソースAのキャッシュ維持期間は更に短くなっていくので、うーんって思っています。
むかしから思っているのだけど、すべてのインターネットに対する投稿はpublishするという概念で取りまとめるべきだった気がする(自分の意見をpublicな言論空間に投げる、という行為についてもっと真剣に考えるべきなのでは、という気がするので
@hidetakasuzuki ああ、「収まっていないというのを別の言い方すると色がどこに付いているかわからない」はなるほど。そうすると宇宙にいけばだいたいバルールは狂っているんだな。
@hidetakasuzuki 自分が思ってたのは、バルールが整った状態って「部分が全体のなかで適切に収まっている」状態のことで、逆にバルールがあっていないのは「全体のなかに収まっていない箇所がある」その箇所のことではないかと。画面中の色全体の配置のなかで収まっていないやつがあることがある(バルールがあっていない)。
で、仮に自然にはそんなことはないのだとしたら(要検討)、自然というのは基本的に部分から始まることがなく、全体から部分が分化する(細胞分裂から機能分化していくみたいな)という過程をとる。
逆に、人間のものづくりは、絵とかもそうだけど、部分から開始することがある。全体観が把握できないまま、部分がそのまま生っぽい感じで残っていることがあり、これは絵の場合ではバルールがあっていない状態ではないかとおもう。
人工の光を当てるとバルールが狂うというときに、それが閉じた空間で光源がそこだけだったら、たぶんバルールは狂って見えないんじゃないかな(レンブラントの絵が強烈なライトを当てていても狂っていないように)。自然光のなかで一部強力な人工光源があると、だいぶ調子外れにみえるとか?
で、仮に自然にはそんなことはないのだとしたら(要検討)、自然というのは基本的に部分から始まることがなく、全体から部分が分化する(細胞分裂から機能分化していくみたいな)という過程をとる。
逆に、人間のものづくりは、絵とかもそうだけど、部分から開始することがある。全体観が把握できないまま、部分がそのまま生っぽい感じで残っていることがあり、これは絵の場合ではバルールがあっていない状態ではないかとおもう。
人工の光を当てるとバルールが狂うというときに、それが閉じた空間で光源がそこだけだったら、たぶんバルールは狂って見えないんじゃないかな(レンブラントの絵が強烈なライトを当てていても狂っていないように)。自然光のなかで一部強力な人工光源があると、だいぶ調子外れにみえるとか?
みんなで「ギャングスタ園芸家」になろう!
私は勇気がなくてまだやってないけど、河川敷や街路樹のための植栽帯で勝手に野菜育ててる人を尊敬してる。
彼の言葉「これは趣味なんかじゃねえ。革命なんだ」は本当に私もそう思う。
野菜を育てることは、お仕着せの流通から少しでも自立するための抵抗運動!
https://courrier.jp/news/archives/208263/#paywall_anchor_208263
twitter継続きついなっておもったのは、自分が目にする言語じたいが痩せていくと自分がそこで使える言語も貧弱になるからなんだよな。じぶんでそう思わなくても、検閲の内面化みたいな作用が働いてしまうというか。いまの言語環境がめちゃくちゃ豊かかっていうとそんなことないんだけど、twitterよりぜんぜんいい。