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やっぱり「表現の自由」という範囲におさめようとするんだよな
https://artnewsjapan.com/article/14743

これ、ナン・ゴールディンが今回のシンポジウムを「辞退した」ってのは誤訳だな。ナン・ゴールディンは、彼女の展示にもかかわらず、同美術館主催でアートとアクティビズムについてのシンポジウムが自分抜きに開催されていて、そういう態度が、美術館が彼女の政治的姿勢への反対を示しているということにキレている。それはそうだと思う。

ナン・ゴールディンの展示をやっている美術館で、同時にナン・ゴールディン抜きに(本人に知らせずに)アクティビズムについてのシンポジウムをやるのってめちゃくちゃ異常行動でしょ。

こんなのナン・ゴールディンの政治的姿勢以前の問題で、むしろ美術館が積極的にナン・ゴールディンを抑圧しようとしているとしか見えない。展示が継続されるのが不思議なくらいだ。内部に分裂があるのか「表現の自由」という建前を失ったら終わりだからなのか、それとも前から決まっていたからやるだけなのかは不明だけど。

今回のベルリン新ナショナルギャラリーでのシンポジウムの企画者、アンネフランク教育センターのメロン・メンデルという人で、ドクメンタ15でルアンルパを「反ユダヤ主義ではないか」という嫌疑をかけた当の人物で、これに同調したヒト・シュタイエルが一緒にドクメンタから撤退したという経緯か。根が深すぎる。
https://www.artnews.com/art-news/news/documenta-15-hito-steyerl-pulls-work-meron-mendel-quits-1234633645/

ドクメンタが反ユダヤ主義ではないかというのは、ルアンルパやタリン・パディ以前の問題として、その出発点から、ナチの残党がドクメンタを創設しているという歴史的経緯があり、ヒトの批判はドクメンタはその歴史と向きあっていないというもの。これ自体は妥当だとおもうけど、ここにドクメンタ15でルアンルパが、タリン・パディやパレスチナのアーティスト(BDSにかかわっている)を採用したことで、これは反ユダヤ的なドイツの歴史の根を覆い隠すものではないのか、と。

去年の10月にナン・ゴールディンらがアーティストらを中心に集めたオープンレターを Artforum に発表したとき、すぐに批判的なカウンターオープンレターがでた。そのとき、ヒト・シュタイエルは後者に署名していて、ナン・ゴールディンらをエセ左翼だと罵っている。

Neue Nationalgalerie を巡る対立、ドイツじたいの闇の深さを感じる。ナン・ゴールディンはドイツ人ではないから、たぶん部外者として苛立つしかないんだとおもうのだけど、ヒト・シュタイエルはドイツにおける人種的なマイノリティとして、たぶんドイツ在住ユダヤ人のことを考えている。
https://tripleampersand.org/context-everything-except-comes-germany/

推測だけど、ヒト・シュタイエルやメロン・メンデルらが懸念するのはドイツ国内の極右の台頭なんだろう。いくらナン・ゴールディンらが反イスラエルを表明することは反ユダヤ主義ではないと切り離しても、ナチを奉ずる連中からすればいくらでも混同できる。機が熟せばプーチンは必ず掻き乱しにくる。
厄介なのは、ナン・ゴールディンらが派手に反イスラエル闘争をするのは、アメリカではユダヤ人にたぶんマイノリティだというイメージがなく、むしろアート界隈などはユダヤ資本によって成立していると考えられがちなくらいだから、いくら反イスラエルを主張しても問題ないと(ナン・ゴールディンらは)感じている。ドイツではたぶんそうではなく、現にドイツ在住のユダヤ人はマイノリティなのだろう。極右=ナチがアメリカの反イスラエル運動の構図を利用して台頭してもおかしくはない状況があるのかもしれない。
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オピオイド問題ではヒト・シュタイエルとナン・ゴールディンは共闘してるんだな...。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19664

ナン・ゴールディンが「反ユダヤ主義という言葉は今や武器として使われていて、本来の意味を失っています」と発言するのは、やっぱりドイツの文脈下では問題があるようには感じる。
https://artnewsjapan.com/article/14743

主催のメンデルは、ナン・ゴールディンにシンポジウムへの参加を何度か要請していたと主張しているが、ナン・ゴールディンは、自分の名前も入ったプレスリリースについて友人に教えられるまで気付いていなかった。何度も招待して無視されていた不幸な行き違いを想定することはできるけど、どっちかが嘘をついている(というか相手がそう見えるように主張している)とも見えるなぁ...。
https://www.monopol-magazin.de/ausstellung-zu-nan-goldin-gaza-haltung-sorgt-fuer-streit