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うーん、例のMVについての朝日の記事、正しいんだけどなんかなぁというのが、やっぱり拭えない。
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ポスコロ的な読解としてはそれ以上の解釈はないし、まあそうだよねとおもうけど、うーん。
人種差別的表象があるイデオロギーとして機能するということと、それが時代と場所を経て再生産されるということは違うとおもうのが一つあり、そのとき「差別的メッセージ」が成立しているとしても、「差別」が成立しているかどうかは、よくわからない。

今朝あげたこの芳年の二図は、はっきりと人種差別的なメッセージがあり、ヤマト民族によるアジアの支配を肯定するものだと言えるんだけど(この図以外にもいくつもこの手の表象が同時期にあり、イコノロジー的な分析が可能である)、例のMVにはこの手の直接性はない
https://pleroma.tenjuu.net/objects/107c1099-111b-4778-b007-27b7905aed74

お昼にも書いたけど、あのMVの問題は、あれを日帝の植民地の人が見ることとか、在日韓国人が見るとか、黒人が見るとか、そういうのを想定していない、制作サイドの同質性が問題なので、作り手も「おなじくらいの年齢の日本人男性」であり視聴者にもそういう「同世代日本人」を想定している。そういう同質的な制作・消費環境が、いま日本に住んでいる人種の多様性を考慮していないとか、そういうことが問題なのではとおもう。
名誉白人みたいな語がでてくるのがすごく違和感があるし、表象レベルだけで「差別的」というのは、やっぱり話が違うと考えている。

表象が差別的問題、ドクメンタのタリン・パディ拒否問題とかもそう。表象レベルだけで差別判定するのはやっぱりおかしいとおもう。問題は表象が具体的にどう機能するのか。