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ダヴィッドのこの絵、あらためて見ると構図のとりかためちゃくちゃ上手いな。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:David_Brutus.jpg#/media/File:David_Brutus.jpg

この絵、なんとなく「威勢のいい女性になんとなくオティンティンを誇示したくなったので全開になった人」の絵だとおもってたんだけど、ぜんぜん違っていて悲しい。観者には見えないものが作中女性には見えているという点が、この絵で重要な点に違いないと確信していたのに。

F0440 Louvre JL David Sabines INV3691 rwk.jpg
By Mbzt - Own work, Public Domain, Link

ちなみに、右側の全開はロムルスで女性はその妻ヘルシリア、左の全開がサビニの王タティウス。ヘルシリアはサビニの女性だが、サビニはローマによって蹂躙され、女性を攫った。サビニ男子たちは奪われた女性を取り返しにきたところだが、すでにローマで結婚して子もいた女性たちが戦を止めに入っている、という絵だった。
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まあ槍とか剣とか男性的シンボルにしか見えないし戦意喪失もそのメタファーであることが意図されているんだろうけど。

このサビニ出身女性の仲裁によって、ローマによるサビニの植民地化が名実ともに決定的になるわけで、タティウスがそうとう萎えている一方でロムルスがなにかを誇示しているように見えるのは、そういうことですよね。

ローマによる侵略行為があり、それにたいするサビニの復讐があったのだが、ローマ化したサビニ女性が身を呈して戦闘を止める。
ダヴィッドは、「家族を守る」ことは女性の「徳」であり、女性による家族愛を賞賛している。家族というものが侵略行為によって奪われたものであっても構わない。被侵略者による復讐は「家族」という和を乱すものとして描かれることになる。被侵略者は女性の徳=家族愛を通じて戦闘を放棄させられている。
そう見るとなかなかひどい絵だ。たぶんオリエンタリズム絵画まであと一歩。