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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

明日明後日のMaker Faire Tokyo2023には、自作トランジスタ研究が間に合わなかったので代わりに文章を書きました。「複製するメディアではなく、"刷られた装置"としてのコンピューター - 芸術とデザインの視点からのDIY半導体」というタイトルです。Y-02-07東京藝術大学芸術情報センターで配ってます。

尾道、駅降りてすぐこの景色、よすぎる

見てきた。地主さんの映像が多声的でよかった。「女性」という枠組みのなかで見るといくつかの作品はミスリードになりそうだなという感想もあり、無理に「女性」という主題でまとめなくてもよかったかもとは思った。
https://womenslives.mystrikingly.com

表象文化学会のオンライン研究フォーラム2023、気になるテーマが多いですね。11月上旬開催。
-香港映画『ブレード/刀』に描かれる「江湖」の表象——「無秩序」、「復讐」、「女性の記憶」の三点をめぐって
-グリッチ/バグを利用する者たち——ゲーム攻略、政治的主張、そしてホラー表象へ
-表象されるヴァンパイア——ダーシー『黒人ヴァンパイア』とアダプテーション
-異形の詩学——松浦理英子『葬儀の日』をめぐって
-糾える縄——警察小説における冤罪
https://www.repre.org/conventions/2023/

IDEs reduce code complexity much in the same way that a highway reduces traffic.

明治からずっとセカイ系文学じゃんって気になってきた

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ZINE『HYPERTEXT Vol.1:カウンターカルチャーと陰謀論』、クラウドファウンディングが始まりました。
我ながら面白いと思うので、ご支援のほどよろしくお願い致します!!

https://camp-fire.jp/projects/view/707660

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セカイ系...

ドストエフスキーの人物、つねに他者が自分の知らない自分を開示する鏡として機能するようになっているんだけど、それは「隠れた内面」というものがあるのではなく、他者との関わりのなかで、自己の多面性が発見されていく、という形になっている。人と関わらなければ発見されないような自己の多面性があるとおもう。
それと比較してみると日本の近代文学ってめちゃくちゃ告白的であるなとおもう。いやまあいまさらながら小林秀雄が言っていたことを繰り返しているだけなんだけど(ヨーロッパの「私」は社会化されているが、日本の「私小説」における「私」は社会化されていない)。

『罪と罰』でポルフィーリイがラスコーリニコフに対して「あなたがやったんですよ」という台詞が、告白という文学的な制度にたいするアンチとして成立していたんだということに、いまさら気付いた。

「閉じた内面」というものがあって、それが他者から見えていないから、文学における「告白」という仕組みは成立しているんだけど、『罪と罰』がラスコーリニコフの「私がやりました」という告白を物語の焦点としながら、いきなり他人から「あなたがやったんですよ」と、自分しか知らないはずのことを告げられる。内面はなにも隠れていなくて、外部に露出してしまうと、告白になんの意味もなくなる。

あと、科学史、STS界隈に周縁ながら触れてきた今なら、技術の中立性とか、そんなものあるわけないやん、的な感じになってしまうのだけど、それを素直に信じたくなってしまう時代があったことはよく分かる(自分もかつてはそうだったし)。

あと、ラッダイト運動を経済的な正義を求める運動として捉え直す、という視点はすごく気になる。最後に紹介されている、ブライアン・マーチャントの新刊『Blood in the Machine』 は、ここでの紹介だけを読むと、STSと近接した地点に立っているように思えるし、翻訳出ないかなあ。

テクノ楽観主義者からラッダイトまで(WirelessWire News)
https://wirelesswire.jp/2023/10/85416/

とりあえず、冒頭で紹介されている「中央公論」2023年10月号は電子版で買った。後で読む。ここで紹介されている「従来のリベラルに挑戦する逆張り的な一つの世界観、信念体系」はシリコンバレーのテクノクラートだけではなく、日本でも結構浸透してそう。

ラシュコフ『デジタル生存競争』は既に買ってはあったんだけど、なるほど、そういう本だったのか、ということが分かって、これはとっとと読まなくては、となっている。とはいえ、来週の来日イベントで、伊藤穰一氏や若林恵氏との座組になっているので、あれ、それで良いの、という気持ちにもなっている。

ダグラス・ラシュコフ来日講演情報(理想書店)
https://store.voyager.co.jp/special/survival/events

「んながたがたアートに説明いらんねん」ってコメントあってなんで見てんだろとおもってたけど、コメント消されてた

どうみても相対主義、不真面目な懐疑主義的な意見というのが、かなり大量にでまわっていて、そういうのはいつの時代にもあったとおもうけど、議論のルールとかそういうところではなく、相対主義的であっても意見の量的な多寡によって真偽性の軸がずれてしまった(「真偽の軸がずれる」なんてあるわけないやろっていうのは一応理解のうえで)。

SNSの問題は、実際に投稿される情報の真偽がなんであるかに関わらず、意見(らしきもの)の量が重要になってしまったことで、真偽の検証なんていくらでも後退させることができる

現代の現実はウェブもそこに含まれた形で成立しているわけだけど、言うまでもなく、ウェブ上のサービスやメディアはその環境自体が(書籍やテレビがそうだったように)運営者側によって設定・構造化されている。が、特にSNSは、無編集の現実がありのままにそこに映し出される装置であるように、ユーザーに錯覚されやすい。双方向メディアという体裁の水面下でどのような環境設定がなされているかが、ユーザー側には掴みにくい。

イーロン・マスクによる「自分が好きではないことについても、できる限り事実に近い情報に触れるようにしましょう」という発言は、2010年代的SNSのポジティブな側面を、最悪の形で簒奪したものだ。

「さらに、Xの最高経営責任者(CEO)であるイーロン・マスク自身も、状況悪化に一役買っている。「この戦争をリアルタイムで追うには、WarMonitors と sentdefender を見るといい」。マスクが自身の1億5000万人のフォロワーに向け、このように発信したのは8日の朝のことだ。しかし、マスクが言及したこの2つのアカウントは、どちらもデマ拡散で有名な存在だ」
「マスクはこれらのアカウントを推奨する投稿をすぐに削除したが、それまでに1100万回以上も閲覧されていた。マスクはその後、「いつも通り、自分が好きではないことについても、できる限り事実に近い情報に触れるようにしましょう」と投稿している」

Xはイスラエル・ハマス衝突の「偽情報」を溢れさせている | WIRED.jp
https://wired.jp/article/x-israel-hamas-war-disinformation/

【NHKニュース速報 15:47】
戸籍上の性別変更に手術必要とする規定
「憲法違反で無効」 静岡家裁浜松支部

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