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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

まさにSNSが、人間を一面的にモデル化し、そのような一面的なコミットメントのみを許す機械のなかで活動させる装置だと思うけど、全体としての振る舞いはたぶん予測できるものにはなっていない。いや予定調和っぽく見えなくもないけど。

でもそのくらい単純にモデル化することはたぶんあるよね

いや民衆の個々人は制御可能とはされていないか……

.*社会学とかが向き合ってそうな領域だ

個々の小さな機械の振る舞いが予測可能で制御も可能だが、それらを組み合わせた全体の振る舞いは複雑すぎて予測不可能なときはどうなんだろう。いやもう普通のプログラミングの話だなこれ。

嘘でもなんでも、予測可能で制御可能であるという幻想を確固たる強度をもって提示できるような抽象化こそが誠実なブラックボックスで、たぶんそれ以上のホワイトボックス化は工学というより理学的な領域なんじゃないかなと思わなくもない

ダックタイピングが有効なのって、当の「アヒルのように鳴く」存在が、アルゴリズムで記述可能な機械だということが自明なときだけだな

あるいは、普段はコンピュータを掌握できているかのように振る舞ってはいるけど、たまにコンパイラやOSやCPUのバグに遭遇するとその幻想を壊されることがあって、そういうときコンパイラやOSやCPUを疑ってしまうのは、やっぱり自分で自分についている “嘘” に自覚的だからなんだよな

ダックタイピング的なモデルが作られてるんだな

たとえばプログラムはソースコードに書かれた通りには実行されなくて命令の並べ替えとか抹消とかの最適化がかかるけど、これが強烈になるともはや原形を留めなくなる。
でもプログラマはひとまずそういう状況を「コンピュータの挙動を掌握できている」と呼ぶことができるし、それは特定の状態を自分のメンタルモデルに基いた操作で作り出すことができるという予測可能性のため。

曇ってる 仕組みは知らんが 雨が降る

天気は予測も理解も制御もできなかった。そこで超越的存在が仮定された。

TLがどのように構成されているかについての知識(理解)、必ずしも内部構造の理解とは一致していない。TLをただの配列として、その配列は、フォロイーの投稿と自分の投稿によって構成されており、それが時系列に並んでいる、と理解している。だけど、実際にはこれが内部構造と一致するとは限らず、内部に対して理解のためのモデルを作っているのにすぎない。

逆に内部構造を理解できずとも「特定の操作で自分の意図した特定の状態に持っていける」という性質が満たされるならそれで十分という文脈も結構あるはず (雑に言えば “工学的” とでもいうか。)

@pokarim いくつかの操作をしたときにアルゴリズムが可視的になるかどうかがあるかなと思いました。投稿したときにTL上に自分の投稿が現れることで、他人の投稿も同じようにTLに現れると理解される。これで、TLが構築されるアルゴリズムは(そのユーザーにとって)明らかになったと受け取り、ブラックボックスではなくなる。

愚直な時刻順のタイムライン構築もブラックボックスの中のアルゴリズムによってる点では変わらないとも言えるはずで、ではなにが違うんだろうか

反コンヴィヴィアリティのためのブラックボックス

資本としては、機械のなかにはブラックボックスを作り出すことで、ユーザーには祈ることしかできないようにしたい。そうすると技術に対する態度は信仰になる。
伽藍とバザールでも読み直すか。

もちろんプログラムであったって自由ソフトウェアであれば好きなように解析したり弄ったりできるし一部の人々は実際そうしているわけだけど、大部分の人にとっては、至極簡単なソフトウェアでさえブラックボックスになっている

手続きには介入できないって思うからな。

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