まさにSNSが、人間を一面的にモデル化し、そのような一面的なコミットメントのみを許す機械のなかで活動させる装置だと思うけど、全体としての振る舞いはたぶん予測できるものにはなっていない。いや予定調和っぽく見えなくもないけど。
嘘でもなんでも、予測可能で制御可能であるという幻想を確固たる強度をもって提示できるような抽象化こそが誠実なブラックボックスで、たぶんそれ以上のホワイトボックス化は工学というより理学的な領域なんじゃないかなと思わなくもない
あるいは、普段はコンピュータを掌握できているかのように振る舞ってはいるけど、たまにコンパイラやOSやCPUのバグに遭遇するとその幻想を壊されることがあって、そういうときコンパイラやOSやCPUを疑ってしまうのは、やっぱり自分で自分についている “嘘” に自覚的だからなんだよな
たとえばプログラムはソースコードに書かれた通りには実行されなくて命令の並べ替えとか抹消とかの最適化がかかるけど、これが強烈になるともはや原形を留めなくなる。
でもプログラマはひとまずそういう状況を「コンピュータの挙動を掌握できている」と呼ぶことができるし、それは特定の状態を自分のメンタルモデルに基いた操作で作り出すことができるという予測可能性のため。
TLがどのように構成されているかについての知識(理解)、必ずしも内部構造の理解とは一致していない。TLをただの配列として、その配列は、フォロイーの投稿と自分の投稿によって構成されており、それが時系列に並んでいる、と理解している。だけど、実際にはこれが内部構造と一致するとは限らず、内部に対して理解のためのモデルを作っているのにすぎない。
@pokarim いくつかの操作をしたときにアルゴリズムが可視的になるかどうかがあるかなと思いました。投稿したときにTL上に自分の投稿が現れることで、他人の投稿も同じようにTLに現れると理解される。これで、TLが構築されるアルゴリズムは(そのユーザーにとって)明らかになったと受け取り、ブラックボックスではなくなる。
もちろんプログラムであったって自由ソフトウェアであれば好きなように解析したり弄ったりできるし一部の人々は実際そうしているわけだけど、大部分の人にとっては、至極簡単なソフトウェアでさえブラックボックスになっている