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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

人文系のクソナガPDF、どうやっても画面上で読む気にならないから書物にしてほしい。

https://twitter.com/TaiseiMiyahara/status/1665673235583717378

鳥で、「研究費で論文を書籍化するのはクソだ」って言ってる心理学者と、「ハァ? 研究成果を書籍化するのは当然だろゴラァ!」って言ってる社会学者(歴史学者)とが喧嘩してて草。
もし心理学専攻の人がいたら教えて欲しいんだけど、「科研費の成果を書籍化するのはゴミだ。オープンアクセスかWeb公開しろ!」って価値観は、心理学では一般的なんだろうか?

実行時変数とビルド時変数がごちゃまぜになるとなんもわからんになるな

ジェンダーで、よく多様な性としてグラデーションと語られることがある。一方で、いわゆるかつて「両性具有」と言われたようなDSD(性分化障害)の団体としては、それを体の性に持ってくることには反対しているのか。

【緊急声明】「体の性のスペクトラムモデル」は人権侵害です。 https://shoutout.wix.com/so/92NayyNyE?languageTag=ja&status=Draft&cid=00000000-0000-0000-0000-000000000000#/main

デザイン史には美術史みたいな理論がないっぽいな。

検索できそう

もうそれにしか見えない

大住宅ではないが、デザインにおいて存在理由と近世がすばらしく保持されており、理に適ったすべての要求に合わせて取り決められ、しかも至る所に豊かな空間の印象を残している」

ウィリアム・モリスのレッドハウス、彼の友人に言わせると大住宅ではない。大住宅とは。 https://www.nationaltrust.org.uk/visit/london/red-house

え〜、わりと困るなこれ...

落丁ってあるんだな

本、66ページから69ページにジャンプしてしまった...。

re: モダンデザインの展開(ニコラス・ペヴスナー)
にしても、このペヴスナーの本は、美術・デザインの動向が手際よくまとまっていて読みやすい。文庫化すればよいのに。

モダンデザインの展開(ニコラス・ペヴスナー)

自然の表面的外観の模倣と対立する自然の精神、およびさらにずっと広い意味での自然、すなわち人間の独立性と対立する宇宙の力としての自然、これが1890年頃のヨーロッパ絵画における新運動のモットーの一つであった。それは、ゴーガンやゴッホの場合のように、本能と自己抛棄に還ることを意味してもよく、あるいはセザンヌのように幾何学的基本形に還ることでもよい。それはやがて、表現主義になって行くか、あるいはまた立体主義になって行くかも知れない。

20世紀初頭のアヴァンギャルドは、ここでいう「自然」から離れることになるけど(それが表現主義であれ、立体主義であれ)、セザンヌにいわせると「絵画とは自然と並行するもうひとつの調和」だけど、自然から離れてしまって絵画だけで一本立ちしてしまえば、調和の原理を探しようもなく壊れていくもんだとおもう。マティスはそれでも絵画の調和を探そうとしたが、彼の絵からみんな強烈な不調和を嗅ぎとっていた。それはともかく、20世紀のヨーロッパ芸術・文化の特徴は「自然」からの決定的な離脱とみなしても、やっぱりよさそうな気はする。メルロ=ポンティの「眼と精神」もそんな感じだったし。

いま読んでる本、活版ではなさそうなんだけど、「エ」の字が上下反転していたりして、どうやったらこういう誤植が発生するのかちょっと気になる。

装飾と犯罪

だがベートーヴェンの第九交響曲を聴きにコンサートに出かけ、帰宅した後、仕事机に向かって壁紙の図柄のデザインに取りかかるような男は、詐欺師か変質者のどちらかである。

アドルフ・ロースの装飾と犯罪、おおむねひどいテキストだけど、ここ笑ってしまう

ザッハリヒカイトっていままでよくわかってなかったけど、デザイナーが装飾排除の美学を言及するために言っていた評価か

美術史学が扱った様式論は、その同時代の美術にではなくて、デザインのほうに理論的な対応物を見つけることができそうだな。

@polidog 瑞牆山いったことないけど良さそうですね、ここにしましょう。さいきん運動してなさすぎて体力どうかわからないですけど。

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