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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

子安宣邦の「日本近代思想批判」読みはじめて、のっけから柳田国男が批判されているけど、牽強付会な読みばかり繰り返していて、うーん

入れいたい候補がいなくても、白票を入れるのはやめてください。それは何の意思表示でもなく、一番楽な逃げ道です。悩み、苦しんで、有効票を入れて下さい。

それで選挙が終わった後に、また考えて何かをするんですよ。

これ、なかなか人集まらんな

未読でもOK!【オンライン開催】河上徹太郎ほか『近代の超克』読書会 第1回 - connpass
https://humanities.connpass.com/event/278871/

こんなの、「リベラルから自由を取り戻せ!フリースピーチ!」みたいなのを聞くたびにイーロンの顔を思い出して笑ってしまうではないか()

閉ざされた言語空間じゃん

サヨクが検閲してる!言論の自由を取り戻す!みたいな話はどこいったんだろ
https://twitter.com/RawheaD/status/1644516368908206091

大学いた頃(10年以上前)に「モダニズム」っていうワードが特定のニュアンスを込められて使われていて、とくに自己言及的な性格をもった作品について言われていて、あれはクレメント・グリーンバーグっぽさを指して言っているとみんな思っていたけど、実はあれは柄谷行人だったことが最近わかった。

東浩紀の観客についての哲学的考察と実践はかなり重要だと思うけど、一方で、言語環境が分断されている世界においてはゲンロンのコミュニティに参加する「観客」がどうしても内輪ノリに見えてしまう。ある語彙セットが共有されたコミュニティになってしまうと、それは内輪である。

ハイレ・セラシエ1世、ラスタファリアンにとっての現人神ってなにどういう信仰?っておもってWikipedia読んでると、パン・アフリカ主義と大東亜共栄圏的なものの並行性みたいなのめちゃくちゃあるな。ていうか、国外からみたときに日本の天皇にたいする態度というか信仰みたいなのって、ラスタファリアンがハイレ・セラシエ1世を現人神だと信じるのが変に見えるように変に見えるんだな。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハイレ・セラシエ1世

雑誌みたいなシーンをつくりだす装置がなくなって、いくつものSNSとかで言語的な環境が分散してみれば、みんななんの話しているのかわからなくなる。基本的な語彙セットごと、話し手と聞き手で共有できないし期待すべきでもない。

> 書籍「ゲームの歴史」の販売中止および早期返品が決定 - GAME Watch https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1491814.html

これで通史を出すハードルが上がっちゃったなあ。
存在するべきではあるんですけどね、通史。
ゲームに限らず、通史って、そのジャンルの生き字引のような人が人生をそこそこ費やさないと難しい本。いっちょかみに書かせた出版社が悪いわ。

いわゆるゲーム専門学校が主体になって出すべきじゃないかと思いますけどね。
いずれ海外の研究者が出して、その翻訳を読むことになりそう。
日本のゲーム史も網羅してて内容に間違いがなければ、著者がどこの誰でも別にかまわんか。

出版社が消耗戦やってるのはパイの奪い合いでしか考えてなくて、新興市場の開拓一切やってないからでしかない。

https://twitter.com/mizno7/status/1453649840831746052
これだけど、たぶんこの人「読者を育てる」って自分がいった理由わかってないな、まああんまり説明もしてないけど。本の買い手って無条件に存在するわけじゃなくて、その本に価値があることがわかるようにならなければ買ってくれない。読者を育てるってそれを作り出すことに等しい。この人の見解は、存在する市場に乗っかるだけなんだよな。だから出版社は同じ言葉を繰り返すだけになっている。

「出版史的にみて、雑誌には読者を育てる機能がある、それまで存在しなかった読者を生み出しコミュニティを育てていくことが雑誌の意義だ」っていま読んでるとこに出てきて、ほんとうにそうだと思うんだけど、しばらく前に同じようなことを twitter で呟いたら、某大手出版社の編集者に「出版者は読者なんて育てない」って変な絡まれ方した。
後で子供向けのひろゆきの本を出すって燃えてたときに、それがその編集者だったから、ああ、まあ、さもありなんとなった。

大正末くらいから1990年代くらいまで、日本では雑誌の時代みたいなところがあり、その歴史が急速に閉じようとしている

本読んでいたら「平仄」という言葉をはじめて見て、なんと読むかわからなかったので、「平灰」と打って検索したら正しい答だしてくれんかなとおもったら出してくれた。「ひょうそく」って読むのか。

東浩紀「批評という病」はおもしろかった。というか最近読んでた本の印象について的確に言いあてられた感がある。

サムスン電子、営業利益95.8%減 半導体不調、減産へ - 毎日新聞ニュース
https://mainichi.jp/articles/20230407/k00/00m/020/092000c

村山知義、文學界の同人だったのか

こういうの読むと柄谷行人はほんとうに稚拙だなとおもう。いや、座談会とかを読んでてもそれは感じるけど。
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/karatani/020418.html

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