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tenjuu99(天重誠二) | @tenjuu99@pleroma.tenjuu.net

読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など
いろいろ雑につぶやいていますが、最近は浮世絵について調べています

WebSiteはschema.orgにも定義がある語彙だから明確な外延があるんだけど、WWW的にはそれ意味ある?とは思ってしまう。
https://schema.org/WebSite

ドキュメントは明確に定義されずに、ウェブサイトなる怪しげな概念は実体として振る舞っている

文書が第一級のオブジェクトであるべきだと思うけど、文書(document)という概念が明確な外延をもって定義されているわけでもない

見解が分かれているというか、WikiとかWorkFlowyとかプレーンテキストとかで少しずつ扱いが違う(きっと背景にある設計思想とか認識も違う

「いつのまにか実体性をもったものとして振る舞う」ようになったものたちについて同一性を備えた第一級のオブジェクトとして扱うべきかどうか、見解がわかれている状況と言えるかもしれないですね
https://pleroma.tenjuu.net/notice/ATnMA6KiG8gZpUHLzk

wwwのように全体を持たない文書が出てきたときに、何が同一とみなされるべきかという問題があるようにおもわれ、それがまだ未解決のままである(?)

高速安くするのよさそう

ふと思ったところ、歪んだふるさと納税よりかは高速1000円の方が地方は創生するんじゃないかとか思った

というか文や単語という単位、ソシュールの見解ではそもそも言語学者が分析用途でつくりだしたカテゴリーで、実態としての言語を区分することはできないが分析の際に必要になってしまうようなものなのだが、いつのまにか実体性をもったものとして振る舞う、みたいなことを言っていたようなきがする

法律文書は、ツリー状に文書が構成されているけど、文のような単位からボトムアップに構成可能かというと、たぶんそんなふうにはならないとおもう。

法律の文書を見ていると、第何編の第何章、第何節第何条と細分化されていく。文や行という単位で見ているわけではなくて、全体のなかでの位置が確認されている、という感じ。

gitのようなプレーンテキストのバージョン管理ではそのような状況は起こり得ない。ファイル全体の差異から個々の行の移動を類推しているだけだから。けどそれがWorkFlowyでは起こり得る。

行そのものが独自に固有性を持っていると、ある行と別の行が入れ替わっていてかつ行の内容も入れ替わっているので文書の見た目は変わらない、という状況が発生し得ることになる

ISBNのような固有IDが上流にあり、その下にあるものもそれに対応して固有性があると考えられる。ただ、おなじISBNでも別の翻訳の版がでてたりするらしいけど...。

そもそも出版されたものはふつう内容が固定されていて、それを参照するときは可変なオブジェクトとしてではなくスナップショット的な値としてそれを参照しているという違いのような気もする

アメリカ、14-2かぁ。なんかワンサイドゲームが多い印象あるな。

地下鉄サリン事件、当時生まれていなかった人とかにはどのように見えているのだろう
https://nordot.app/1010351222353870848

publish されているかどうかで同一性のとらえかたがだいぶ違いそう。出版物にとってはページ数やページ中の行番号は同一性があるし、gitでタグが打たれているときもそうではないだろうか。

紙のページとかWorkFlowyのノードのIDというのは、お札のシリアル番号みたいなもので、特殊な状況以外では無視しているのがふつうだと思う

ページや行のような、内容以外に見た目的に個性を持たない存在をオブジェクトとして扱いその同一性をシステムが重視する、というのが設計としてまずいということは言えそう

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