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これも似たような性格がある...。
自然と二次的なシステムとしての絵画というものがあるとしたとき、それが19世紀的な絵画観を決定していたけど、マティスのやっていたことは絵画は完全に自然から独立した存在者だということだ。19世紀の絵画は、セザンヌでもゴッホでも、「実世界のモデル化」を志向していたとおもう。彼らの語る「自然」はいまの自分にはスッと入ってこない概念なのだが...。この入ってこなさには、やはり決定的な切断がある。
https://twitter.com/sumim/status/1655281322167013377
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