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真正性と偽物性、「アヴァンギャルドとキッチュ」(クレメント・グリーンバーグ)をおもいだしてました
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グリーンバーグはにとって、キッチュは大衆時代の芸術の代替物でファシズムの道具だが、アヴァンギャルドはボヘミアンなユートピアだったけど、茂木健一郎はこの図式を反復しているとおもった。

彼はどうみてもベンヤミンの「アウラ」を読み間違えているんだけど、クオリアという私秘的な場に囲い込んでいる。こういうことやると「私がほんものと言うからほんもの」にしかならない。こういう私秘性は真贋判定の権威としてしか機能していなくて、小林秀雄の骨董みたいなものになっている(小林秀雄のほうがぜんぜんマシだけど)。

「アート作品は、それを目の前にして経験しないと、本質的なことは何も言えない。クオリア、あるいはベンヤミンの言う「アウラ」は、実物でないとわからない」とか。そもそも実物と複製の区別をもとに経験の違いを仮定することこそ、アウラ喪失後に発生した事態ですよね。
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