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おもしろい。
インターネット上の「事実」(言い方が難しいんだけど)について、一時期真面目に考えてたことがあるけど、それはまさに「データの出所と信頼性を把握することが欠かせない」のだけど、その検証は原理的に可能なのだろうか?みたいなことを考えていたからだった。
https://www.technologyreview.jp/s/342345/ai-trained-on-ai-garbage-spits-out-ai-garbage/
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最近はしばらく、あまり知られていない領域の一次資料を詳細に検討しているんだけど、すごく回り道をしてようやく一つの一次資料から事実らしきものを抽出できるようになる。いくつかの資料を組み合わせてみてはじめて言えるようになる領域があって、そういうのがわかるようになると「歴史ってめちゃくちゃおもしろい!!」ってなる。「事実」というものはあらかじめそこにありのままにあって、それを発見するわけではなく、資料を解釈するための合理的枠組みみたいなもので、人間の知性は資料解釈のための枠組みを構築することができる。
こういう資料解釈の枠組みの問題もなんだけど、もうひとつは、一次資料の信頼性の検討とかもコンピュータにできそうな気がしない。「ある絵が贋作かどうかを検討する」というのも一次資料の信頼性の問題で、人間もかなり間違うんだけど、これはマジで勘の領域だとおもう。「文献上はこの人が描いたという資料が見つからないけど、この絵は本人のものだとおもう」みたいなのはかなりあるはずで、これを否定する合理的な理由がなければ受け入れるかな。でもこの判断規準はかなり曖昧だとおもう。