大吉原展の図録、田中優子の文章の冒頭がこんな感じで、戦争がない=平和って江戸時代なんだとおもってんだ。飢饉とか暴動とかめちゃくちゃあるでしょ。
江戸時代は二七〇年間にわたり、内外ともに戦争の無い時代を実現した。それはそれで見事なことだ。かくの如き完璧に近い治世とは平和ではあるが、その一方で「治める」ためのさまざまな秩序と統制が行き届き、緩むことを許されない社会でもあった
天明3年の米の作柄は弘前藩は皆無作に陥るなど惨憺たるもので、結局東北地方の太平洋側と現在の青森県では、天明3年から4年にかけて数十万人と推定される餓死者が発生した
天明3年はちょうど歌麿のデビューくらいの時期。それで、この Wikipedia にも書いてあることだけど、米価が高騰して打ち毀しがおこり、それが略奪になる。書いてあるとおりで、江戸の中期から後期にかけて政権はこういう暴動をコントロールできなくなっている。「完璧に近い治世」ってなんだよ…。
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「このような遊女の状況、近現代で言えば人権侵害こそが、吉原が現代につながらなかった理由である」
まるで現代は人権を守っているから吉原は衰退したみたいな言い方じゃないですか。貧困が相対的に解消されたから衰退したんでしょ。因果関係の理解がおかしすぎるんよ...。
まるで現代は人権を守っているから吉原は衰退したみたいな言い方じゃないですか。貧困が相対的に解消されたから衰退したんでしょ。因果関係の理解がおかしすぎるんよ...。